大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

2002年秋ネパール山行報告登れなかったメラピーク、クスムカングル
               でも楽しかった  ぽっぽ会 Gramps
                                

期間:10月30日(水)~11月24日(日)

行動計画

10.30(水):関空→カトマンズ
10.31(木):準備
11.01(金):カトマンズ→ルクラ~チュタンガ(3410m)
11.02(土):チュタンガ~チャットラ峠(4375m)~ザトルラワ峠(4500m)~チュリカルカ(4100m)
11.03(日):チュリカルカ~ゴーテン(3580m)
11.04(月):ゴーテン~タンナン(4300m)
11.05(火):タンナン~クスムカングル偵察(5400m)
11.06(水):タンナンで休養日
11.07(木):タンナン~カーレ(4500m、メラピークBC)
11.08(金):カーレ~C1(5400m)
11.09(土):C1~メラピーク登頂(6450m)~C1
11.10(日):C1~カーレ 休養日
11.11(月):カーレ~タンナン(クスムカングルBC)
11.12(火):タンナン~クスムカングルC1(4900m)
11.13(水):C1~C2(5600m)
11.14(木):C2~クスムカングル登頂(6367m)
11.15(金):予備日
11.16(土):予備日               Gramps:C2~タンナン(下山開始)
11.17(日):予備日               Gramps:タンナン~コーテ
11.18(月):Sk原、My本C2~タンナン(下山開始) Gramps:コーテ~チュリカルカ
11.19(火):Sk原、Ky本:タンナン~コーテ    G:チュリカルカ~ルクラ
11.20(水):S、M:コーテ~チュリカルカ    G:ルクラ→カトマンズ
11.21(木):S、M:チュリカルカ~ルクラ     G:カトマンズ
11.22(金):S、M:ルクラ→カトマンズ      G:カトマンズ
11.23(土):S:カトマンズ            G、M:カトマンズ→
11.24(日):S:カトマンズ→バンコック      G、M:→関空
11.25(月):S:バンコック→
11.26(火):S:→関空

実行動
10月30日(水)晴れ
起床6:30、出発8:20、関空10:30着、
関空発12:30、上海14:50、16:40、カトマンズ22:45(19:30現地時間)、ホテルダイナシティー20:35。

見送りに来てくれた3人さん有難うございました。出国検査でMy本のはさみが引っかかりぎりぎりで乗り込む。上海では機中で1時間も待たされる。到着予定時刻より1時間15分遅れでカトマンズへ到着する。

国際線は新築されていた。出口でSk原さんとサーダのラクパさんが迎えに来てくれていた。例の荷物に群がり無理やり運んでチップを請求する人たちがいなくなっていた。

マオイスト対策で警備も厳重になっていた。あちらこちらに軍隊が銃を持って立っている。そのせいで彼らも空港に近づけないようだ。

ラクパさんとホテルへ。ホテルに近づくとMy本が嬌声をあげる。なんと指定のホテルの隣が彼ののお友達のフジゲストハウスではないか!

4人でタメルのレストランに出かけモモとピザ、ビールで先ずは乾杯、 B打ち合わせ。23時帰還、24時就寝。日本時間ではもう3時15分。今日は約21時間行動したのだ。

10月31日(木)
 今日は1日準備の日、ベーカリーの屋上テラスで朝食(140ルピー)後、カトマンズの高級スーパー(ブルーバード)をSk原さんに案内してもらう。
さすが何もかも揃っていて小奇麗である。とはいえ日本の普通のスーパーと同じくらいであるが、ここで行動食を手配する。

レジで並んでいたら平気で横ハイリをする。そういえばここに来る飛行機の中でもトイレに並んでいたらネパール?の子供たちが横ハイリを平気でしていた。

この国は順番に並ぶということがない国なのか?さすが高級?スーパーかそのようなことはさせないようにしていた。

ホテルに帰って明日からの準備をする。ラクパさんが私の寝袋(マウンテンクイックのウルトラライト羽毛量550g、45000円)を見て「これは駄目だ、寒すぎるといって明日良いの持って来てあげる」。

本人はこれで充分と思っているのにそう言われると心配になり思わず「お願いします」といってしまった。今日一日のんびりと過ごす。

夕食はMy本モの要望でピザとビール(200Rs)。

11月1日(金)晴れ、夕方ガス 

起床5:30、出発6:00、空港6:40、離陸10:00、ルクラ10:30、出発13:20~2900m地点13:50~3000m地点14,17,14:25~トッリンマ15:08、15:40~チュテンガ16:00

朝早くからラクパさんと奥さんが迎えに来てくれていた。飛行機は霧のため2時間半待って出発。
乗客は我々4人のみである。まるでチャーター機である。左にヒマラヤの白い峰々、スチュワーデスが山の名前を教えてくれるがみんな忘れてしまった。

飛行機はやがて谷間に降下していき一本の筋(滑走路)めがけて着陸。なんとその滑走路は水平ではなく、かなりな上りの傾斜が付いているではないか。

昨年までは舗装もされていなかったとか。飛行場の周りは鉄条網が張り巡らされ、一部に戦闘用の土嚢が積まれている。
出口には機関銃の引き金に指を掛けた兵士が睨みをきかしている。が余り緊張感を感じない。

周囲ののどかな風景と人々ののんびりした動きがそうさせるのか。空港の北北東に白いたおやかな山コンデリが輝いている。

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ルクラ Skさんと

ヒマラヤンロッジで昼食を取る。なかなか出発しない。本当にゆっくりしている。(実は予定していたポータ達が前のトレッキングで疲れて殆ど帰ってしまったため、当地で急遽再手配していたためと後で分かった。)

ガイド2人、日本料理のできるコックとキッチンボーイ2人、ポータ16人の21人プラス我々3人の大所帯である。

ビスターリ、ビスターリ(ゆっくり,ゆっくり)は休憩地でたっぷり休憩して、歩くときは速く歩くのがビスターリかと思えるほどに速く歩く。
途中で3回休憩して今日の宿泊地チュテンガについた。

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チュテンガのSkさんとMyも

テントは4人用に1人で寝る。下敷きマットの上に5cmもあるウレタンマットを敷き、貸していただいた温かそうな寝袋(モンベルのダウンハガー#0)。なんと贅沢な旅なんだ。

キャンプ地には学校が休みとかで12歳の人なつこい少年ダワ・チリくんがいた。いろいろネパール語を教えてくれるが私の発音が気に入らないのか何べんも何べんも言い直させる根気の良さには参ってしまった。

今日の夕食はビーフン・サラダ風とダルバットを併せたような料理を作ってくれた。

2:40 テント内温度:2.8度、脈拍数:73
5:00 テント内温度:1.9度,


11月2日(土)晴れ

起床5:30、朝食6:30、出発7:40~3610m地点8:10、8:30~3745m地点8:50~カルキデン(3940m)9:20、10:00~4125m地点10:30~4275m地点10:57、11:05~チャットラ峠(4375m)11:25、11:55~4330m地点12:00~4380m地点12:19~ザトルラワ峠(4500m)12:45、13:30~チョルテン(ケルン)14:00~チュリカルカ(4100mバッティー)14:20

6時にキッチンボーイが紅茶と洗面用お湯を持ってきてくれた。
テントから顔を出したら谷の向こうの山が朝日に照らされ白く輝いている。聞いたらヌンゴルとコンデリだそうだ。

朝食を終え7時40分スタート。我々のパーティーとは別に鬚をはやしたジーパンスタイルのおじさんが一人加わっている。

彼はサーダのラクパさんとある高い山に登ったとか言っていた。ザックの中はビールとのこと。
タンナンにバッティーを所有しており、そこに行く途中とのこと。

05・カ・呻スキ・・セ橸セ昴
カルキデンのニマ君とダワ君

彼の子供たちもホリデーでタンナンにいるそうだ。9時20分カルキデンのバッティーに到着。
そこにも子供がいた。ニマ君12歳。下のバッティーのダワ君とお友達とか、それに妹のダワちゃん3才の2人。

丁度これから登っていく先に太陽が出始めたときニマ君が「ガムアヨ」と叫んだ!「なんだ?」と聞いたら「Sun’s coming」と返事。

06・・スャ・ッ・・セ怜ウ
チャトラ峠で(ラクパとテンバ)

第一の峠チャットラは見晴らしのよいところだ。写真をとったりして大休憩。この辺りから高度の影響が出始めて来たのかもしれない。
皆はまだ休憩しているが自分だけ先に出発をする。

チャットラ峠より今日の最高高度ザトルラワ峠まで高度差125mを2回休憩して、50分掛かって登っている。
それでも峠ではボルダリングを楽しんだりする余裕はあった。

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お疲れのGramps。 チュリカルカにて

ここからは下り400mのみ。途中で「カルカ」(石積みを四方にして夏の間放牧に来た村人が泊まるところ)を教えてもらったりして、14時に今日の宿泊地チュリカルカ(4100m)に到着。

10・・セ假スカ・呻スカ縲∽クュ・
バッティー(中央がダグサン)

今日は1200m登って400m下る強行軍であった。ポーターたちは元気だ。1時くらいまで歌っていた。夜、頭痛,腰痛で一晩中眠れず辛かった。

11月3日(日)晴れ

起床5:30、出発8:00~タットバッティー(3735m)10:20、12:00~3250m地点12:30~コーテ(3580m)14:30

今日は腰にチタンテープを張ってもらい、空荷で歩く。
下りばかりと思っていた今日のコース、最初は4000mの高原状をトラバース気味にかなり歩き、その後急降下して3000mをトレッキング。

タットバッティー(3750m)でまたまた長ーい昼休み休憩。昼寝をしたら頭痛も治まった。
高度が下がったせいかも知れない?休憩後は河原まで只ただ下るのみ。

15・・スョ・ー・抵セ昴
チョーメン ラクパ

河原につけば後は登りもなく、次の宿泊地に着くと思いしや、なんと河原を高巻きのアップダウンが3回も、しかも普通の高巻きではない。

高度障害の出ている私にはまいりました。My本もこれにはしんどいと言っていた。
元気なのはSk原さんだけ。14:30やっとコーテに着いたって感じ。

とにかく途中の大休憩(ビスターリか知らないが)には慣れていないせいか参ってしまう。
16:30から17:30まで休息。今日もポーターたちは愉快に歌っていた。どこかよそのパーティーで諍いがあったみたい。

11月4日(月)晴れ

起床5:30、出発8:05~昼食11:07、12:30~4000m地点13:05~コンバ(4040m)13:40~バッティー14:10、14:15~タンナン(4300m)、19:30就寝

16・
タンナンから見えたキャシャー

今日も空荷で出発。高度順応が遅れているのか歩くのが辛い。
止まればそのしんどさは無くなり普通の状態に戻っている気がする。

途中でキャシャーとクスムカングルが見える。思わずシャッターを切る。またまたながーい昼食の時間である。

17・
タンナン

やっぱり休憩は良いが、その後の出発が辛い。無理を言って先に出発をする。タンナン(4300m)に着いた時は相当疲れていた。

ポーターのニマさんたち4人が今日までなので挨拶に来て下山して行った。夕食も余り進まなかった。

11月5日(火)晴れ
Sk原さん、My本君はラクパさん、テンバ君と4人で計画どおり高度順応を兼ねて5000m迄クスムの偵察に出かける。

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ゴーテンでのポーター達

調子思わしくないので1日休養することにしぶらぶら過ごす。ゆっくりと下のバッティーまで下ってみる。対岸の山のセラックが大きな音と共に崩壊した。

たった高度差100mの登り返しがとても辛い。俺は何しに来ているのか分からなくなってくる。
ポーター達は金を掛けてトランプでマージャンのような遊びに夢中になっている。

ガスが出てきて山は見えなくなってしまった。彼らは大丈夫かな?すると大音響と共に雪崩れる音。一瞬びっくりしたが方角がキャッシャーの方なので一応安心。
3時過ぎに彼らも帰還。My本も少し頭痛。

22・コ・橸スー・・セ昴・・奇セ橸スッ・・スィ・ー_convert_20091120154117
ゴーテンのバッティー

夜に入ると一段と調子悪くなる。頭痛、咳き込みが激しくなり、呼吸をする度に気管支辺りで水の流れるような感じになる。

20m先のトイレに行くのに2回も立ち止まって呼吸調整をしなければならない。トイレについたらしゃがみこんで呼吸調整でトイレどころではなくなってしまった。

呼吸が落ち着いたらやっと用ができた。下痢であった。一体どうなることか不安が頂点に達する。

11月6日(水)晴れ 

起床6:00、タンナン(4300m)出発9:15~ゴーテン(3580m)14:30

今日は計画では休養日である。鎮痛剤が切れるとまた頭痛がする。
このような状態で上に行ったら危険と判断して下山することに決める。

下山と言っても今の体調であのザトルラワ峠(4500m)の標高差1000mが越せるか不安である。しかし行かなくちゃどうしょうも無いのでとにかく行動開始だ。

2人のポーター(ダワ君20才、ダクサン君19才)に荷物を持ってもらって、何度も何度も休みながらゴーテンに着いた。

頭痛は鎮痛剤のせいか余り無い。咳は咳止めを飲んでも一向に止まらず苦しい。
ゴーテンの広場にはロープで前と後ろにくくられた人がうずくまっていた。

村の女が棒で彼を叩いている。もう立ち上がれないほどよれよれである。

聞くところによると一つ上のタンナンで盗みをしたとか。タンナンからここまで引っ張られてきたのだ。なんと後ろ側のロープを持っているのは往きに一緒だったあの鬚のジーパンのおじさんではないか。

向こうも私を認めて一言二言。夜を徹して彼をルクラに連行するとのこと。
その周りには暇なのか、国民性なのか分からないが5~6人の付き添い?が連れ持って行く。

10歩くらい歩いてはへたり込む彼を一体どのようにして連れて行くのか?この寒い夜をどう過ごすのか?不思議でならない。

へたくそな英語で聞いてみても英語で答えてくれる人がいないので想像するばかりである。それにしても彼はプラスチックの空の10リットル缶をザックと一緒にぶら下げられていた。

その缶を周りの人は棒でどついて脅して歩かせていた。10リットル缶は何なのか?
そんなことよりも自分はこれから大丈夫なのかとふとわれに返る。

11月7日(木)晴れ

起床6:00、朝食7:00、ゴーテン(3580m)出発8:00~3250m地点~タットバッティー(3735m or3670m)11:40

夜中2時頃からまたまた頭痛、連続的に咳が出て腹の筋肉も痛くなってきた。
頭痛は鎮痛剤が切れるとくるようだ。咳による全身疲労は応える。
鎮咳剤を飲んだら一時的に止まるも今度は薬のせいか胃が痛み出した。

今日からは日本食も食べられない。朝食はヌードルスープ(インスタントラーメン)にしてもらう。
3回のアップダウンで最低地点3250mにやっとの思いで着いた感じ。

相変わらず咳と頭痛がする。一度咳が出ると5~6回続き、その都度頭にびんびん響きどうしょうも無い。

25・
タトの60歳の女性

最低地点の河原からはいよいよ峠に向かっての登りである。
とにかく休み休み登るのみである。いつか峠を越えれば楽になることを頭に描いてもくもくと登る。

2人のポーターがものすごく気を遣ってくれているのが嬉しい。休憩ごとに行動食のチョコを分け合って食べたり、少しでも気が紛れるように話し掛けてきてくれる。

28・
僕についてくれた2人のポーター・ダワ・ダマンとダクサン・シェルパ

11:40分タットのバッティーに着いた。
ポーターの2人が今日はここで泊まることを提案してきた。私の状態を判断してそうしてくれたと思う。

ここは往きの昼飯休憩した場所である。予定はチュルカルカであったが、考えてみればチュルカルカは4100m、ここは3600~700mだから体には楽だ。それにこれから400~500mも登れる体力も残っていない。

ということで彼らの提案を受け入れてここに泊まることにする。明日の行動をどうするか一応考えてみた。
明日は長距離になるがなんとしても4500mのザトルラワ峠は越さなくては体は楽にならない。
4000mを切るカルキデンまで頑張ってみよう。

このバッティーは19才の青年が一人で切り盛りしている。食事まで時間があるのでポーターと3人はトランプで賭けを始めた。

と突然3人がトランプを止めてドアの方に駆けていった。
何事かと思って私も入り口に駆け寄ってみると下のほうから何人か登って来た。

私には全然聞こえなかったが彼らには何かが聞こえたのだろう。
わたしも耳は悪い方ではない。ということは彼らは我々よりも数段聴力が優れているということか。

おばあちゃんとその孫たち4人のパミリー(ファミリー)である。(ネパール人のFの発音はPの発音に聞こえる)。

29・
タットーからの夕焼け(イマール山)

彼らは今日タンナンからここまで私が2日(8.5時間)掛けてやってきたところを1日(8時間)で来たとのこと。(60才、16才男、14才女、12才女、11才男)。

明日はルクラまで行くと言う。タンナンから2日である。(私は4日かかった。通常3日必要とサーダのラクパ氏は言っていた)。

その夜は彼らと歓談できた。14才の乙女は日本語が好きで習っているそうだ。
驚いたことにこの家族はあの鬚とジーパン姿のおじさんの家族ということだ。全くの偶然なのか?

11月8日(金)晴れ

起床:6:00、タット(3700m)出発:7:40~休憩(8:15)~3975地点(8:40)~4100m地点(9:15、9:30)~峠、4200m?ルンガ・デオラリー(石積と旗)10:05~チュリカルカ(4100m)11:10、12:50~チョルテン(4215m)13:25、13:35~ザトルワル(4500m)14:23、14:30~チャットラ峠(4440m)15:175:30~4240m地点16:00~カルキデン(3940m)16:30

朝起きたら鼻血が少し出た。首の後ろが凝っている。
今日の行動予定はチュリカルカに泊まらずにカルキデン迄行きたい。

チュリカルカは4100m、カルキデンは3940mと低位にあるため楽な気がする。
そのためには4500mのザトルワル峠は厳しい(峠を越えなくてはカルキデンには行けない)。

一人先に出発する。いきなりの急登である。ゆっくりゆっくり登る。背後の雪を冠った山が朝日に照らされ美しい。

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4100mの峠から望む

30分後に出たポータにすぐ追いつかれてしまった。件のパミリー達はまだ食事中だとのこと。
後頭部が依然痛む。咳も止まらない。咳をする度に頭にびんびん響く。

チュリカルカで少しだけ休憩して早く4500mの峠を越したいと思っていたらポータ達がぐずぐずして出発する気がなかなか無い。

よくよく問い質してみるとバッティーのお嬢さんがたにここで泊まらないのならば昼飯を食べていって欲しいと頼まれていたのだ。

「そんならそれと早く言わんかい」てなことでここで昼食とする。1時間40分の大休憩。

いよいよザトルワル峠越えにかかる。ゆっくりゆっくり登って1時間30分で峠に着く。
この辺りよりガスが出始め霰も舞う天気になってきた。

峠の小屋は閉まっていた。最後の峠・チャットラ峠(4440m)を越えたら(北面)は一面の雪の世界となっていた。

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峠にてダワと

ポータの一人が軽アイゼンを付けろといって貸してくれた。
彼らは私のピッケルとバイルを1本づつ使って降りる。

アイゼンを付けなくても降りれたが彼らの気持ちに感謝。それにしても頭が痛い。今日の宿泊地に16時30分到着。

ニマ君とダワちゃんはもうそこにはいなかった。学校が始まるので下山したとか。
ご夫婦2人がけであった。今夜もヌードルスープ(日本のインスタントラーメン)を頼む。
それにジフィーズで作った五目飯を入れて食べる。おいしかった。

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チュリカルカの娘さんの髪洗い

11月9日(土)晴れ

起床5:45、出発8:05(3940m)~チュタンガ(3410m)9:00~トクデン(3330m)9:15、9:30~ナブコ(2960m)10:30,11:00~ルクラ(2804m)11:30

出発時点では頭痛が無かったが、トクデン辺りで再発。咳は相変わらず出る。咳をすると後頭部下から首の後ろが痛い。

ナブコのバッティーで写真をとったりしてゆっくりする。ルクラのヒマラヤンロッヂで泊まる。
時間があるのでポータがバザールを案内してくれた。
その中の一つの店に2日前にタットのバティーであったパミリー(ファミリー)の14才のお嬢さんが友達と一緒にいた。

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ナブコ/2490m地点

あの時彼女はすごく快活で日本語が好きだから勉強していると言っていた。
その彼女に挨拶をすると<少し照れたような顔で、私はあなた達なんか知りませんよ>てな顔をしているではないか。

これにはびっくり。2人のポータにたずねたら間違いなく彼女だと言う。
彼らポータ達もあんなに親しく話していたのに避けるように彼女から遠ざかる。
これはどういうことなんでしょうかね?

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ナブコのバッテイー

夜はホテルの食堂で大勢のイタリア人団体の中で3人で食事をして自分の部屋に戻る。

11月10日(日)

起床5:30、出発ゲート6:30、フライト9:15→カトマンズ10:00→ダイナースホテル10:30

ルクラ7時30分初予定が9時15分になる。遅れてあたりまえとう感覚に段々なってきた。不思議と腹が立たない。

カトマンズの空港で荷物を待っていたら事務官がネパール事情をいろいろ話してくれた。
日本への空港券の変更(23日から13日)に付いて聞いたら絶望的だとの返事。

23日のフライトも5時間遅れになっているよとのこと。とにかくRA(ネパール航空)事務所に行って直談判がベストと教えてもらった。

ホテルでラクパ(サーダ)さんの手紙を渡して、ホテルからアイスランドトレック(エイジェント)に日本への航空券の日程変更を依頼する。

食事に出かけ14時に帰って回答を聞くもエイジェントからの返事なし。3時に再度問い合わせてもらったら空席なしの返事。

ホテルでエイジェントの場所を聞いて出向いて聞いたが、パソコンを打ってみてやはり空席無しの愛想の無い返事。

航空券を返してもらい一人でRAに出向く。4時前に到着。カウンター嬢に変更以来をお願いするとパソコン見てそのまま、奥の部屋に行きなさいと指示される。

これでOKかと思ったら奥の部屋の女性係官もまたパソコンのキーを叩き始めた。
そして「満席です。23日まで駄目ねー。オーバーブッキングもあるくらいだからねー」。

それを聞いて愕然となる。とにかく「高度障害だ、喉が駄目だ、一刻も早く帰国して日本の病院に入りたいから・・・」「明日も来ます、明後日も来ます」・・・と必死で訴えていたら、隣の男の係官がやおら受話器を取ってどこかに電話しだした。

電話の内容から女性係官はこちらに向かってにこっとしてくれた。あっ!これでうまくいった。と男性係官が航空券に変更日を記入してスタンプを押してくれた。

何度も何度も御礼を言って退室。最初にお願いしたカウンター嬢にも挨拶したら、航空券をチェックしてにっこりしてくれた。

ホテルであった豊中市の方と夕食を共にする。モモ、チョーメン、ビール。久し振りに美味しく食事ができた。ホテルに帰って洗濯して就寝。明日から3日間マウイスト主催?のゼネストが始まる。

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カトマンズの朝(屋上)

11月11日(月)晴れ

起床7:30、就寝22:00

ゼネストのため空いているレストランが無い。一軒だけパン屋が開いていた。その屋上のカフェテラスもやっていたのでそこで食事を取る。
いつも賑わうであろう朝食時に今日は外国人が2~3人いるだけであった。

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カトマンズのビルの屋上には屋外レストランが沢山ある。

9時からOka氏(豊中の人)と郊外のスワヤンブナート寺院に歩いて出かける。
彼は5日前にガイドとタクシーで行っているのにまた付き合ってくれた。カトマンズのあの喧騒が嘘のような静けさである。

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スワヤンブナート

途中大きな家の前の道路に赤い花をつけた大きな木があった。丁度その家から青年が出てきたので木(花)の名前を尋ねると「知らない。おじいちゃんに聞いてくる」と言って奥に入っていった。

しばらくして「カルキー」という名の木だと教えてくれた。彼は「ゼネストも見方によったら良いですよ。排気ガスもないいい日ですよ」と言っていた。

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スワヤンブナート

およそ1時間で目的の寺院についた。寺院には子供が沢山いて案内する案内すると言っては付きまとわれた。
また女性が何種類かのペンダントのよう装飾品をしつこく売りつけに寄って来る。

何故かみんな同じものを売っている。値切れば際限なく?下がってくる。
一体いくらなのかさっぱり分からない。Okaさんはとうとうその一つを買う羽目になってしまった。

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スワヤンブナート

急な階段を上り詰めたところに白い塔ストゥーパが立っている。
その周りには大小のお堂や塔が立ち並んでいる。勿論タルチョーもはためいている。

帰り際にトイレに入ったら少年が駆けつけて来て20ルピーを要求された。
高いといったらここに書いてあると言った所作で指し示す。
確かに書いてあったその数字は今にも消えそうな薄くて、控えめに書いてあった。ぼったくりめ!

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スワヤンブナート

昼飯は庶民の行く店がいいということでアイスランドトレックの近くの店でモモ2、チョーメン2、ビール3本を2人でたべる。

その後、彼がブルーバード(高級スーパー、Sk原さんに教えてもらった)を見たいということで散歩しながら行ってみるもストのためクローズドされていた。

4時にホテルに帰る歩きつかれたのでひと寝入り。
7時に目覚め夕食をあさりに町へでる。体調は段々良くなるも咳が止まらない。ゼネストで多くの店が閉まっており通りは暗い。

一人であるくのは不気味である。数少ないオープンしている二階のレストランでまたまたチョーメンで軽く夕食を済ます。

11月12日(火)晴れ、夕刻雨

起床:7:30、チェックアウト11:30、パサン宅11:45、21:00→空港21:30、22:00→ホテル22:15

朝食後通りを散歩するも店は閉まっている。土産も買えない。

今日はOkaさんのガイド・パサンが家に招待してくれるということで全然関係の無い私もちょっと気がひけたがご相伴に預かることになる。

ホテルに迎えに来てもらいタクシーで彼の家に向かう。
パサンの奥さんは日本人で今は日本に帰っている。彼は32才。
16才の従弟サンゲ君(大学を目指している)もアルバイト兼見習いでいた。

2人で手料理を作ってくれた。その料理でビールを飲みながらネパールのいろんな話が聞けた。

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ガイド・パサン。手掴みで食事をする習慣。

途中2時間ほどOkaさんと市内インド領事館の先(東)の探訪に出かける。
彼が急に催してきたため店先にちょっと飲み物がおいてあるところに駆け込む。

入り口は高さ1.8m、幅1.5mで20cm角の木に薄青色に塗装されたの門のようになところだ。
中は薄暗く普通ならばとても入る勇気が湧いてこない店である。

ただでトイレを借りるのもと思いぺプシーコーラを1本買ってそこにあるテーブルの椅子に腰掛けて彼を待つ。

目が慣れてきて奥が段々分かってくると、私がいる部屋の向こうには多くの人がたむろ?して酒やら何やらを飲んでいる。
入り口では何か煮炊きしている。それを思い思いに皆が注文しては飲みながら歓談しているのだ。

こんな暗いところでと思ったが、電力事情と彼らの目のよさからなんの不便を感じないのだろう。そうだここはわれらの日本でいう居酒屋なんだ。

そうこうしていたら彼が帰ってきた。「紙が無かった」彼も持ち合わせてなかった。
トイレの中は真っ暗である。手探りしてたら洗面器みたいなものがあった。

液体が入っていた。水である。それを使って始末してきたそうだ。でも洗面器の中に何かネバットするものがあったとか、水で洗ったけれどなんか臭うと気にしていた。

少し座って休んでいたら奥から出てきたおじさんがほんとに上品な日本語で話し掛けてきた。
彼は以前自分は山に行かないが外国人トレッカーにガイドを斡旋する仕事をしていたとか。

これからまた始めようかと考えているそうだ。このような人(会社)は大から小まで合わせてここカトマンズで700は下らないそうだ。

自分のメールアドレスを書いて盛んにPRしていた。

バサンの家で夕食もご馳走になる、夕方より雨になる。21時前、御礼を言ってに呼んでもらったタクシーで空港に向かう。

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バサンの家でのOkaさん。
(奇遇:彼とはここネパールで初めてお会いした。後日彼は私が所属する山岳会のある会員の上司であった)。

23:45発予定の飛行機は翌朝4:30分発になっていた。
ゼネストの関係で車が使えるかどうか分からないため超早めに出かける。

タクシー代も500ルピーと倍以上に跳ね上がっていた。もっとも料金もガイド(私のガイドではない)が払ってくれたようだ・・・。

タクシーの床が破れているようだ。水溜りに入るたびにはねが勢いよく床から吹き込んできた。ズボン靴下が濡れてしまった。

空港は厳しく警備されていた。尋問もかなり細かく聞かれた。空港の建屋に入った途端銃を構えたポリス?に尋問される。すると、どこからかともなくもう一人のポリスが現われ、かまへん、かまへんてな調子で我々を待機場所に案内してくれた。

そのポリス「フライトは7:30になったよ」と一言。
空港の待合室でビバーク体勢に入ろうとしたら、先ほどのポリスが来て「バスに乗りなさい。今日はホテル泊まりですぞ」。

言われるままにバスのところに行くともう十数人が乗り込んでいた。合計30人くらい乗ったところで日本人のおっさん風の人が仕切り始めた。

しばらく話を聞いていると現地のことをよく知っている方のようだ。彼はあるNGOのネパール事務所の方と後で分かった。
彼がRAに交渉してホテル泊りを交渉してくれたのだ。

それも5つ星のエベレストホテルである。地球の歩き方を見せてもらったらカトマンズで1泊25,000円也のホテルである。そこで夜食?(インド料理)もビールも頂いちゃった。

11月13日(水) 晴れ

起床4:30、出発5:00→空港5:30、9:30→関空22:00

昨夜風呂に入って寝たのが0時30分。4時半のモーニングコールで起こされ、ねぼけ眼で急いで支度して、バスに飛びのる。乗ってからヘッドランプを部屋に忘れたのに気がつく。

運転手に五分待ってもらい探しに行くも見つからず。諦めるより仕方が無い。あーぁ!おも入れのあるヘッドランプなのに。

空港について並んでいたら兵庫のTam井さんにばったりお会いする。10月20日からお一人で来ていたとか。

案の定出発が遅れ9時半となる。途中上海でも遅れ関空着いたのは22時であった。疲れました。
相変わらず咳が止まらない、が少しはましになってきている。

THE ENND
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北ア・錫杖岳・V字岩壁&2・3間リッジ(中級登山学校・その2)

期間:2002.10.11夜~10.14
大阪ぽっぽ会 Gramps

参加者:AC:Fu田(ぽっぽ会)、生徒:O串(KLCC)

10月13日(2日目)
V字岩壁

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取り付き・O串さん、Fu田さん(6:12)

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取り付きのGramps

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これから登るV字岩壁(上部中央)。左のルンゼが1ルンゼ本流、右が1ルンゼ右俣

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4P終了間近のFu田さん(9:00)。

紅葉し始めてきている

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5ピッチの出だし(9:11)

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5P目

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5ピッチ目

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5P目

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5P目

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6ピッチ目取り付き(9:57)

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6P目

AOしちゃだめ!

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6ピッチ目

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終了点へのチムニー(10:26)

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登り終わりました。O串さん、Fu田さん(10:44)

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終了点からの槍、穂高

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13日の烏帽子(11:36)

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東の肩から西の肩へのちょっとした下り

ここから西の肩までの左側は切れ落ちている。
木の根っこ、右側の岩にザックが当たらないように注意が必要。


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西の肩からのクリヤ谷への下り(スリップ注意)S形、O山(KLCC)、Ka上(KLCC)、Ki下

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Ki川さんはこの岩でスリップして骨折、背負い搬出30分、ヘリにて搬送

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夕食準備(17:50)

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本部前でのYa本さん

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A木さん、Kaw口さん、No口(元ぽっぽ)

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ただ今ご帰還のHa本さん、To田さん(18:00)

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お帰りなさい。Ka中さん(ピトンの会)Tu本(ぽっぽ)

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Tom田さん、Ha本さん(豊中)、S形さん

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S形さんと生徒のI垣さん

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Ki下さん、Ka 上さん、O山さん

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A木さん、Ka口さん、No口さん、Gramps

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帰ってきました。Ha辺さん、Nob川さん、Ha野さん、(18:15)

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Ta上さん(此花)、Ni岡さん(ピトン)、Ta中さん(福島)、Ne家さん(豊中)

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水汲み帰りのO串さん

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Na島さん、Sa崎さん

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Fu田さん

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Ha本さん、Ka中さん、Tuジモ、Miヤモ

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Ka上さん、Ki下さん、S形さん、O山さん、I垣さん

10月14日:下山

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錫杖岳前衛フェース全景(7:00)

3日間とも天候に恵まれ最高の山行が出来ました。

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渡渉点(7:40)

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今年も楽しみました。

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入浴後の昼食(朴ノ木)(11:00)

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帰りのバスの中(1)

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帰りのバスの中(2)

以上
北ア・錫杖岳・2・3間リッジ&V字岩壁(中級登山学校・その1)

期間:2003.10.11夜~14                           大阪ぽっぽ会  Gramps

参加者:AC:Fu田さん(ぽっぽ会)、生徒:O串さん(KLCC)

10月12日:
2・3間リッジ
:(写真のみ。山行文は2003年分にあります)

岩を十分に見て頂くために同じピッチに何枚もの写真があるのもあります 
 
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2.3間リッジ取り付き手前(O串さん、Fu田さん

02_convert_20081007201814.jpg
取り付きで一服(Fu田さんとO串さん)

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1ピッチ目(7:20)

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2P目終了点のO串、Fu田(8:45)

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3P目を登るO串さん、Fu田さん(9:00)

3ピッチ目は2ルンゼを登る。およそ45m。

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3P終了点間近のFu田さん(9:40)

4ピッチ目の出だしは真ん中のクラックを登った。

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5P終了点のO串さん(10:10)

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同Fu田さん

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6P目で出しのGramps(10:33)

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6P目少し登ったところ

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同じく6P目

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6P終了点からの槍ヶ岳(11:29)

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同じく6P目終了点からの奥穂高、白出しのコル

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7P目のO串さん、Fu田さん

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7P目の出だしGramps (11:30)

18_convert_20081007205449.jpg
7ピッチ目の少し登ったところ

19_convert_20081007205516.jpg
7P目、少し余裕か?

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終了点のFu田さん、O串さん(13:15)

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烏帽子をバックに(東肩近く)Fu 田、Gram

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Gramps,O串さん

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烏帽子2ピッチ目を登るKa田(此花)、To田(ぽっぽ会)(14:00)

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東肩から見た烏帽子全景

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西肩を登るFu 田さん、O串さん

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西肩のS形さん(ぽっぽ)、I垣さん(生徒)、Ki川さん(ぽっぽ)(14:06)

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西肩のKi下さん(YMCC)、O山さん(KLCC)、Na井さん(カランクルン)

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西肩から少し下ったところ(ちょっと紅葉が見られるかな)

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再度槍ヶ岳を望む(西肩から少し下りたところより)

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西肩の下り(最初は笹の中を下りてくる) Babパーティー(14:35)

軍手をはめるとすべるという人もいるが、
私は手の保護のため軍手をはめて笹を掴んで下ります。

この後の行動はこれからクリヤ谷に下りて、渡渉後錫杖沢出合まで。
明日の予定はV字岩壁(その2で)
テンバ風景はその2で