大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

ネパールトレッキング

期間:2000.04.30~05.10                      Gramps

アンナプルナが見えるプーンヒルへのトレッキング

スキャナーで読み込んだ写真のため鮮明度がイマイチです。

4月30日:
13:00関空出発。日本時間22:30,現地時間19:30カトマンズへ到着。
事前にテレしておいた為迎えが来てくれていて大助かりであった。

空港をでたとたんにザックを「持つ、もつ」とひったくられそうになる。頑張って渡さずに車に乗り込む。
車の中にまで手を入れて「チップ、チップ」とおねだりがすごい。

一番細かいお金は10ルピーしかなく、泣き泣き渡してしまった。現地時間23:30就寝。
なんときょうは21時間の行動であった。(以後現地時間)

5月1日
朝食後、エイジェントに行ってガイドを頼む。$33/日。高いがまあいいか。14:30のフライトのため市内を散策。何と混濁した町なのか地埃、騒々しいクラクションの音々、そして人、ひと、ひと。

喧騒の中を空港へ。13:30着。
14:30発のポカラ行きに乗る。だが15分後に引き返す。ポカラが豪雨のため着陸不可。
カトマンズで待つこと2時間。結局17:00 欠航となる。

キャンセルの方法が分からず困っていたら、メコンエアーのプラカソさんという人が親切にもあっちへ走り、こっちへ走りしてくれて色々手続きをして下さった。

再びエイジェントに出向き明日の便の手続きを済ます。8:30フライト。
夜はインドまわりで来たという同宿の日本人の若者たちとネパール料理を食べに出る。R240/人。

5月2日:
6:00起床。8:30フライトが9:00になる。昨日はジェット機であったが、今朝はなんとプロペラ機。
どきっ!昨日あんなに乱気流に悩まされたので今日は大丈夫なのかな?
プロペラであろうとジェット機であろうと同じだと自分に言い聞かせる。

一番前の右に席を取る。ヒマラヤがよく見える席である。昨日はぜんぜん見えなかったヒマール(雪山)が今日はすばらしくよく見えた。
やはり景色を見るには午前中がいいようだ。

10:30ポカラ着。空港で帰国のリコンファームをしてから、がたがたのタクシーでナヤプルへ。
あの喧騒のカトマンズから静かな町ポカラに来てほっとする。ナヤプルへはタクシーで1時間、11:30着。

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右がGramps
ここからいよいよトレッキングの始まりである。川沿いに30分歩いてビレタンティの村に到着。
もう昼食である。ビスターリ、ビスターリ。食事に1時間も取り、13:30出発。

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殆ど水平に歩いて行く。牛が草を食み、馬が鈴を鳴らしながら一隊となって食料を運んで行く。
途中に小学校があった。彼らは素足か、ぞうりである。16:00ヒーレに到着。

今日はここまで。ビール、茶で乾杯。暑かったの一言。それでものんびりした一日であった。

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5月3日:
5:00起床。6:40食事。7:45出発。今日ものんびりとハイキングモード。

途中の村で会った子供たち(13~14才)3人と腕相撲。勝ったら18才という若者が挑戦してきた。
戦わずして負けた。

この村に来て初めてアンナプルナの南峰が顔を出してくれた。

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ここからはきついストーンステアーケース(石の階段)をゆっくり、ゆっくり登りつめて行く。
まったく長い。やっと終わったところがナンゲタンティ。(11:45)

ここで昼食とする。やっぱりここも注文してから1時間ほどしてからしか食事か出てこない。
14才という可愛い子とおしゃべりをして写真をとったりしてすごす。

1時間40分の昼食タイムである。いろんな人たちと交わす挨拶、楽しい会話。
この国にくる外国人はやはりネパーリーナイズされ自然にゆっくりになってしまうのかな?

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14:00ゴレパニデュラリーに到着。ビールで乾杯。
15:00頃から辺り一面がガスになり、明日いく予定のプーンヒルからのヒマラヤ眺望が心配になる。

オランダからきた女性が下痢と吐き気でダウン。

5月4日

4:00起床。4:30ザックを置いて出発。
やはり一面ガスっている。

プーンヒルへの道はすでに数珠繋ぎの状態。
丘の上に着いても何も見えない。

しかし日の出前になったら、ラッキーなことにガスが消え始め遠きヒマラヤのあの白い峰々が眼前に現れた。

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プーンヒルにて

モンブランに登った時とまったく同じ状況が再現された。
なんと幸運な奴じゃ。この俺は。

あの時もガスの中で頂上に着き、ついた瞬間にガスが切れ360度のパノラマを展開してくれた。

右からマチャプチャレ、ヒウンチュリ、アンアプルナ南峰、バラハシカール、アンアプルナⅠ峰、ニルギリ、ダウラギリⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ峰、チューレンヒマール、プタ・ヒウンチェリ。

素晴らしい眺望が楽しめたことに感謝して、ロッジに戻り朝食。

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アンナプルナ、ダウラギリ・・・

昨夜の彼女相変わらず調子悪くもう一日留まって様子をみるとのこと。
9:00?出発。一路ガンドルンへ。天気もわれわれに合わせてくれているのか視界がよい。

稜線からヒマラヤの峰々を眺めながらのハイキングといったところである。

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ラリーグラス(石楠花)の花は盛りを過ぎて多くは見られなかったが、
その森の中の歩行は気持ちの良いものであった。

日本の石楠花と違って大きい。幹も太く高さも5m~10mくらいあるかな。

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デウラリでお茶を飲み、今日もビスターリの旅である。
15:00今日の宿泊地ガンドルンに到着。

庭の円卓で例によってビールで乾杯。
チベッタン商人のしつこい物売りには参った。今日は結構疲れた。

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5月5日
今日はモディーコーラ(川)に沿って下るのみ。
等高線のように見える段々畑は日本に比べそのスケールの大きさが伺われる。

まったく雄大そのものだ。途中で会った子供たちに鉛筆をおねだりされた。

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余分に持っていないので困っていたらネパーリーに彼らはそのくらいは持っているとのこと。
与える必要はないといわれある種のショックを受けた。12:00?ビレタンティーに到着。

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すると突然スコール。間一髪濡れずにすんだ。このスコールも2時間ほどで止んだ。
今夕はポカラどまり。民族ダンスを見ながら夕食。

5月6日
今日1日ポカラでのんびり過ごす。
タクシーでヒンズーのお寺を見学。教徒がおおぜい参詣にきていた。

帰りは徒歩。ところが意外と距離があった。
暑さも加わりつかれた。夕方雷雨にる停電(17:30)。

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夕食はローソクの下でイタリア料理。
ホテルに帰ってもまだ停電は直らない。

いつ復旧するのか聞いてみると明日の11時頃になるとか。
まさにビスターリ(ゆっくり)である。何故か嬉しくなってしまった。

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5月7日
ポカラから2番機でカトマンズへ移動する。
エイジェントに出かけてこれからのガイドを断って、RA(ロイヤルネパール航空)の事務所へ帰国のリコンファームに出かける。

実は5月2日にポカラの飛行場から電話でリコンファームしていたので大丈夫と思っていたら、
ホテルのマネイジャーにそんなの何の役にも立たないことを教えられ、慌ててRA事務所に向かったのである。

まさに再確認(リコンファーム)だ。
係官にはんこを押してもらい一安心。押印してないといざという時に全くだめとか。

こんなことで今日は一日ふいになってしまったが、まあいいでしょう。
国が違うのだ、ビスターリ、ビスターリ。

昼飯はチベット料理、夕食はイタリア料理。
食事にあまり関心のない自分であるが、こうしていろいろ食べ歩いていると、つぎは何を食べようかと、気になってくるから不思議だ。

ナガルコット(2100m)

5月8日
午前中再び市内を徘徊して、午後のバスの便でナガルコットに向う。
丘の上の山小屋、というよりホテルである。

他国の人とまじわす会話、四周の景色といい、のんびりした夕べのひと時、日本には帰りたくないと言っていた人の気持ちがよく分かった。

明朝のエベレストの眺望はどうかな?期待しつつ夢の中へ。

5月9日:
4:30起床。ガスっていてエヴェレストの眺望はやはりだめでした。
諦めて9:30のバスに乗り込む。

まだ少年らしき子供がいきなり運転し始める。
バスはスムーズに動かない。

バスは崖っ淵のほうへスリップしだした。驚きと恐怖。
左前輪が少し崖からはみ出してやっと止まった。

落ちれば何百メートルもころげ落ちて行くところであった。
九死に一生の思い。みんな慌てて飛び降りる。

それでも少年は運転を再開。2~3人の乗客は降りられずにまだ乗っていた。
幸運にも正規の運転手が乗り込む停車場までなんとか運んだ。

その距離約200m、事故が起きなくて本当によかった。
正規の運転手がこの場所に現れるということは、何時もこのようなことをしているのだろうか?

全く恐ろしいことである。そういえば昨日の新聞にもバスが衝突。
牛1頭死亡。そのあとに人間5人死亡とあった。

夜はホテルの支配人推薦のネパール酒とネパール料理の食べられる店で食事をして機中の人となる。
帰国後1週間下痢で悩む。細菌性腸炎と診断された。

2009年ぽっぽスクールのお知らせ
ロッククライミングスクール(RCS)のパイオニア・大阪ぽっぽ会の29年目(2009年)のスクールは10月4日(日)と18日(日)の2回です。詳しくはぽっぽHP又は登山店のチラシをご覧ください。


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