大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

マッターホルン&モンブラン               Gramps

大阪ぽっぽ会創立20周年記念山行

期間: 1995.8.5~8.16   


過去4~5年に一度起こる腰痛が今回このヨーロッパ山行を前に7月16日の縦走トレ中に菊水山登りで発生してしまった。
家まではどうにか辿り着けたが翌朝は動けず2日間会社を休んだ後、翌日無理して約束のある山口へ出張。

この出張が腰痛を長引かせてしまった。

翌日よりまたまた会社を休んで針治療に・・・。
ヨーロッパに行けるのか心配になる。

先生軽く曰く「毎日通って盆休みも一週間ほど早めにとって休養すりゃ治るよ」。
これを聞いた途端「ヨーロッパの山に行けますか?」と聞きにくくなってしまった。

思い切って聞いてみる「8月5日からヨーロッパに行く予定を しているんですが行けますでしょうか?」
「ウーンまあ無理せんかったら行けんことも無いでしょうが・・・」、

「山に登るんですが・・・」「えぇ!あんた今何ユーた?わしは知らん・・・」。

1週間後出勤。上司、同僚は仕事のことより「ヨーロッパは大丈夫か?」とみんな心配してくれていたようだ。

それから2週間後の8月4日まで毎日針治療に通う。
先生も行けるように全力を傾注してくれているのが分かる。

行きたい、反面行けるか心配。

会社の同僚たちも心配してくれている。
「大丈夫、山の友達はワシの荷物は全部持ってくれるから空身で登れるんだ」と空威張り。

得意先の部長も「マッターホルンの身障者登山か」と激励かあきれているのか分からない言葉をかけてくれる。
行くか、行くまいか悩みに悩んだ末、無理をせずにいくことに決定。

腹に晒しを巻いて、その上にコルセットスタイルで出発。

 8月5日(土)
次男にザックを背負ってもらい関空へ。
関空からは会の皆さんにお世話になりながらのヨーロッパ行きとなる。

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牧師家族、田中ミ、マダム、みっちゃん、息子に見送られて関空出発

香港:ここで10時間の待ち時間。
皆について街中を歩き回るのはやはり腰のほうがついて行けずマクドナルドで一人休養。

これからチューリッヒまでの13時間。腰痛対策は腰枕である。
荷物は牧師さんが持参してくれたカートで運ぶことにする。

 8月5日(土)
6時40分チューリッヒ着。空港駅のカフェテリアで朝食。
ウェイトレスの愛想の悪いこと。

余りの態度にみかねてか、お隣のスイス人のお客さんが我われに謝ってくれた。
チューリッヒからはSBBにてブリークへ。

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ブリークへの車中

ブリークからは登山電車に乗り換えてツェルマットに。
車窓から見るスイスの山々は流石にスケールが大きい。

ツェルマットの駅を降りて少々がっかり。
異国を余りにも期待し過ぎていたせいかかもしれないが町に今ひとつ感激が無かった。

駅から10分ほど歩いた道はずれにキャンプサイトがあり、

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ツェルマットのキャンプサイト

例の「ドーム」テントを設営して明日のブライトホルン登頂のためのケーブル乗り場へ時刻確認に出かける。
その後レストランのカフェテラスで遅い昼食を取る。

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あるレストランのテラスにて昼食

ここのメーチェンも全く無愛想。(朝といい昼といいスイス人の印象が悪い)。
2時頃から雨が降り出し夕方には本降りとなる。

明日は雨でも予定のブライトホルンは行けるところまで行くことにして就寝。

8月7日
朝方まで雨。ツェルマットは昨日までずっと晴れていたとか。
我われが到着した日から雨の周期に入ったようだ。

当初の予定の始発電車を遅らせて8時15分発に乗車。

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ゴンドラの大きいのには驚きました

雨もあがり少しガスが出ている状態に変わってくる。
ロープウェイを2度乗り換えて45分で一気に3820mのクラインマッタホルンの山頂に。

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その高度差2200m。すごい!
この頂上駅から水平トンネルを出るともうそこは銀世界。

服装を整えてブライトホルンへ。
2時間の登りで山頂へ。

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ブライトホルン山頂
Akoちゃん、Gramps,Haちゃn

初めての4000m峰である。
少し頭が痛いが登った感激のほうが大きく気にならない。どの顔も嬉しそう。

30分の短い休憩後下山開始。
途中少し雪に降られたがロープウェイに乗った頃から晴れだし乗換駅でマッターホルンの雄姿も見られ満足。

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マッターホルンをバックに

備え付けの望遠鏡から何人かが登っているのも見えた。
それぞれが何か思いを秘めて一所懸命に見つめているようだ。

再びロープウェイに乗りフリー駅に到着。
ここからは散策を兼ねて歩いて下りる事にする。

4時頃雷雨。腰の疲れが出てきている。今日の夕食はレストランで取ることにする。

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イタリアンレストランにて・Ko寺、Gram

食事の終わり頃は珍しく眠っていたようだ。疲れたのかな?

8月8日休養日:
連日午後から夜中にかけて雨になるパターンのため今後のスケジュールの打ち合わせをもつ。

① 本日シャモニーへ移動しモンブラン登頂後再度ツェルマットに戻ってきて13日のワンチャンスでマッターホルンをトライする。
② マッターホルン1本でチャンスを待つ。


の2案の後ガイド協会へ天気の問い合わせに出かける。
ここで一昨日会った日本在住のカナダ人他4名グループに会う。

ガイド協会発表の天気予報は10日快晴とある。
彼らは本日より入山するとのこと。

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ツェルマットのキャンプサイト
O見、Ko寺、Gramps

我われは9日より入山して10日をアタック日と決め、本日は休養日とする。
実際休養日にしたのは腰の具合の悪い私一人で牧師、En本、Ko寺、Yu良は近くの山に岩登り、Ym本、Mr田、O見、I東はトレッキングに出かけた。

先ずはシャワーを浴び一日のスタート。
日光浴をしながら絵葉書を書く。

隣のテント、そのまた隣のテントでは各国の人たちが日光浴をしながら読書。

我われ日本人はなぜゆっくり出来ないのかと今日出かけていった友を思う
(自分も元気なら出かけるくせに何故か今日はそんな風に思えた)。

昼頃街の通りへ出かける。
全く一人での行動は異国へ来ているのだと強く感じる。

今は到着した当時のスイス人に対する失望感はなく、
素晴らしい所だと感じさせられると同時に日本がいやに恋しくも思われる。

3時過ぎまたまた雷雨。
干し物を慌ててテントの中に投げ込む。

さあ、明日はいよいよマッターホルンに向かうのだ。

8月9日
7時ロープウェイ乗車。7時45分2585mのシュワルツゼー。

一昨日登ったクラインマッターホルン、
ブライトホルンそれにモンテローザが素晴らしくきれいに見える。

反対側のマッターホルンは雲の中で全く見えない。
その見えなかったマッターホルンの山頂部が突然顔を出した。

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それは丁度空に浮かんで我われに覆い被さるごとく威圧的見下ろしている。
神々しく恐ろしい姿に畏怖の念にかられる。

まさに真上にあるごとく錯覚をおこさせる。
はたして我われに登れるのであろうか恐怖さえ覚えた。

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突然姿を現したマッターホルン。その姿は神々したった

数分後その姿は再び雲の中に消えていってしまった。
全員同じ感動を受けたようだ。

今日はここからヘルンリヒュッテまで2時間くらいの歩きである。
天気は余り良くないがまあまあの状態だ。

高度順化をかね出来るだけゆっくり登るように心掛ける。

歩いてゆく先ざきで大きな岩壁に出くわす。
日本では不動だ、鳳来湖(現在は鳳来と言っている)だとあちらこちらを飛びまわっているが、

ここでは1つの岩壁で何百本ものルートが取れそうだ。
スケールの差を見せ付けられた思いだ。

時々顔を出すマッターホルンをHちゃんが熱心にカメラに収めていた。
10時25分、ヒュッテに到着。

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ヘルンリヒュッテに9人勢ぞろい

気温9℃。テラスで少し休憩後元気もの6人に明日のルート偵察に出かけてもらう。
残ったI東、Hちゃんと私の3人は雰囲気に慣れるため取り付きより100mくらい登った茶色の岩のところまで登ってみる。

3時30分頃、件の日本在住の外人グループが下山してきた。
今日は天気悪く出発したパーティーは皆8時半から9時頃の出発で彼らはソルベイ小屋少し手前まで行って引き返してきたそうだ。

ルートファインディングが非常に難しいようだ。

偵察組も4時頃帰ってきた。
ソルベイ小屋少し手前まで行ってきたがやはりルートファインディングがかなり難しそうだ。

8月10日
起床3時。朝食3時半~。昨日受付で聞いた英語は確かこんなんであった。
「3時に起こす?だから3時前には起きないよう。みなの迷惑になるから」

「3時に起こす」が良く聞き取れなかったので少し不安であった。

3時7分に目覚めたが周りは動く気配なし。
I東くんがトイレに行くために部屋の外に出ると他の部屋の連中は既に廊下で出発の準備をしているとか。

我われも慌てて起き準備に取り掛かる。
食堂は既に満員。出遅れた。

4時出発。Mr田・Yu良・Ko寺、牧師・I東、O見・Ym本、En本・Grampsのパーティー編成。
食堂で準備中、Hちゃんが「Y良さんたちが出発しましたよ」(急がにゃ!の意味か?)

こちらも慌てて出かける。「他の人は?」「分からない」
「まあいいや、取り付きで会えるから」(いつもと違い気持に余裕がない)。

少し歩いてから心配になる。
皆が我われを探していたらどうしよう?彼らはそのために余計に遅れてしまう。

取り付きについたらY良パーティーは既に最初の壁を登り終えている。
我われの後に愛知パーティーの3人組み。

すでに大勢のパーティーが登っているのがランプの光の行列でよく分かる。

この人数ではとてもマイペースでは登ることは不可能であろう。
只ただ先行パーティーについて行くのみである。

先行パーティーが遅れるとその分遅れてしまう。
我われの前のパーティーは余り早くない。

必然的に前との開きが大きくなってくる。
昨日偵察に出かけた茶色い岩の取り付きは難しそう。
(実はこれはルートから外れていたのだ)。

この取り付きに来たのは我われとその先行パーティーのみ。
正規ルートは30m下を左にトラバース気味に登ってその茶色い岩の左側のルンゼを登っている。

我が隊の後発組もここで我われを追い越していったようだ。

我われも正規ルートのルンゼに戻る。ルンゼは長蛇のライトの列である。ロスタイム!!
昨日一緒に行ったI東君が我われにルートの違うことを教えてくれていたら・・・のに・・・と心の中でつい愚痴っている。

昨日登った地点までは良く憶えているがその後はただただ前のパーティーのお尻を見て登るのみ。
どこをどうやって登っていくのか憶えていない。

途中憶えているところといえば・・・北壁が望めた2箇所、

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ソルベイ小屋にて

ソルベイ小屋の上下、蛍雪山岳会のK山君とすれ違った地点、3mほどの乗っ越しの壁、雪壁辺り、フィックスのあった壁(3+or4+)、そして山頂・・・。

普通の体調ならば登るときも下りを考えて地形を無意識に覚えこもうとしているのになあと自己分析。
多分体調の良くないところに高度も影響しているのかな?

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とにかく長~い、なが~いルート。
9名全員登頂してやるのだ。

ラストのHちゃんと私が登れば全員登った事になる。
どんなにゆっくりでもいい、登ることだと自分に言い聞かせてHちゃんをも激励しながら登る。

やがて白い雪の上にフィックスロープが現れる。

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「よし!最後の登りや」その上は仲間の残してくれたフィックスロープが2ピッチ。
これを登り終えたところで皆が待ってくれていた。

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最後の雪壁を登る

Hちゃんと2人で段々細くなる雪の道を一歩、一歩ゆっくり山頂目指して登る。
Hちゃんが泣いている。思わず胸が一杯になる。12時30分、ついに4478mの頂へ。

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マッターホルン山頂。Hちゃん、Gramps

山頂にはポーランド人が一人、3人で祝福。
お互い言葉が通じないが分かりあえた。

彼に記念写真を撮ってもらう。
その後「あれは~」、「あれは~」と指をさして説明してくれるがもうそんなことはどうでも良かった。

がその中の一つに「モンブラン」のような発音が聞けた。
「明後日、登るのだ」と言うと英語は通じないがなんとなく分かってくれたようだ。

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山頂のMr田さん、Ym本1号さん

頂上での一時の後下山開始。このペースだと明るいうちに(9時PM)には下山できるかギリギリのところだ。

焦っても仕方がない安全に降りよう!下山は開始付近は安全のために懸垂下降の連続である。Y良、I東、K寺の3人は先に下山してもらったとか。

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残り6人の下山方法をきちんと打ち合わせもせずに動き始めてしまった。
私の焦りのため皆に自分のすることが(どういう風に懸垂するか)
皆分かっていると勝手に判断して動き出してしまった。

各人がそれぞれ理解できずに結果として相当遅れる原因の一つを作り出してしまった。
とにかく下りるのみ。

我われの一つ前のパーティーもやたらと遅いようでO見、Y本両氏のイライラが良く分かる。
それでもソルベイ小屋まで下りてきた。

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ソルベイ小屋右側は断崖絶壁

この辺りより腰が重くなってきて鈍痛感を覚え始めてきた(我慢、がまん)。

それから45m懸垂した地点で牧師、
O見君が1時間ほど精力的にルート探しをしてくれたが判然としないためビバーグを決定。

2人用ツェルトに6人座ってのビバーグ。
腰の痛さも加わって辛い。
辛いながらも何回も夢を見、何回も目覚めたが眠ったようだ。

8月11日:
午前3時過ぎ下からのライトの明かりが見え2~3パーティーが通過して行く。
4時過ぎ今少し下部の良く見えるところまで下りていって直下の様子を見ること1時間。

確実なルートがわかったので下山開始。
途中ガイドと一緒に登ってくるあすなろ山岳会のH嬢に会う(彼女今日は天候が悪くなりソルベイ小屋までしか登れなかったようだ)。

I東、Y良、K寺の出迎えで7時10分ヘルンリヒュッテに何とか無事に帰着。

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ヘルンリヒュッテ前にて

ヒュッテでコーヒーを飲み9時下山開始。
ツェルマットのキャンプサイトに11時着。

大急ぎでテントを撤収して14時10分発でシャモニーに向かう。
20時シャモニー着。

駅前通のフランス山岳会事務所は丁度閉店するところ。
明日のグーテ小屋に付いて聞いたところノーリザーブはだめ。

モンブランは難しすぎるからとか愛想無しである。
「良い山推薦してください」と聞いたらエギュードミディ、

それでは2番目は?「バーでアルコールでも飲んだら」とフランス人のジョークか?よく分からない。

とにかくキャンプサイトへ。
駅から歩いて15分位のところのこのキャンプ地はツェルマットより整備されていて良さそうである。

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シャモニーのキャンプサイト・中央のテント

管理人のケン・フィリップ氏は非常に親しみのある愛想の良い人である。
テント設営後街に繰り出し外食。

本日も昨日に引き続き私にとっては重労働であった。
テントサイトへの帰る道を歩きながら眠っていたような気がするほどだ。

8月12日:
予約は出来ないと分かっていても
フィリップ氏にたどたどしい英語でグーテ小屋の予約をしてもらうように頼んでみる。

勿論フィリップ氏と小屋のやり取りはフランス語でしょう。
床の上ならOKとのこと。早速出かける。

シャモニーからロープウェー駅レ・ズーシュまでは昨日お願いしたDUDU氏のタクシーで。
ここからゴンドラで一気にベルビューへ。

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登山電車

ここで30分ほど待って登山電車に乗り継ぐ。
ここから終点ニーデルまでの20分間。

これが登山電車だといった感じで山襞を廻り込み、まわりこんでぐんぐん高度を稼いでいく。
シャモニーの町も小さくなり氷河が現れやがてニーデルへ。ニーデルの駅は斜度15度。

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登山電車・ニーデル駅

立っていると平衡感覚がおかしくなる。
ニーデルの駅より2時間の歩きで、雪渓を渡り終えた所がテートルース小屋である。

最終組を待つこと30分。体調のすぐれないHちゃんは痛恨の極み、ここでリタイア。
一人で帰ってもらうのは果たしてよかったのかいまだに悩むところだ。
 
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テートルース小屋

テートルース小屋を後にしてクーロワールの横断である。
一目散に渡る。幸いにも落石もなく全員無事渡り終える。

現金なものでこんな時は腰の痛みもすっかり忘れている。

その後岩稜帯を一気に登って高度を稼ぐ。
一気と言っても日本の山登りと違ってスローペースである。

それでも15時30分3800mのグーテ小屋に着いた。
小屋の前ではどこの国の人か知らないが「フジヤマ、フジヤマ、セイム、セイム」と話し掛けてくる。

こちらは高度障害のせいか頭痛がしてそれに答えてはいられない。
食堂に入ってスープを頂く(21FFr・400円)。おいしかった。

その時「Come on! Come on! Hkawa Hkawa! 」のコール。
「I guide you to your beds」なんとラッキーなことか?

今夜テーブルの下で寝なくて済んだ。
6ベッドのスペースで我々日本人8人にとってはゆったりと寝ることができる。

われわれはここまで全てツイている。
お蔭で疲れた腰を夕食の6時までの1時間半ベッドで横たえて休ますことができる。
そして高度障害の頭痛も治った。

6時からは小屋のディナー。7時全員就寝。
ところが暖房の効き過ぎか全員12時過ぎまで眠れず、

やっと12時半頃より部屋の温度が適温になり眠りにつくことが出来た。
そして2時起床。睡眠不足だ。

8月13日:
部屋の温度が正常に戻った0時30分の小屋の外のトイレに出かける。
周りはガス。星は望むべくもない。

2時起床、即朝食を。この朝食が気に入りました。
直径15センチ以上のボウル一杯のコーヒーとグラス一杯のジュースは高度を考えた水分補給を考えてくれているようだ。

2時45分まだ暗い中アイゼンを装着してイザ、モンブラン目指す。
歳のせいか、体調のせいか、高度のせいか自然と後ろのグループに組み込まれてしまう。

それでもバロー非難小屋で待っていてくれた前半組に追いつけた。
前半組が身支度をしている間にのろい亀はお先に進む。

進むうちに前半組はY良、K寺、H川、私Grampsと組換えになり新しい編成になる。

喘ぎ喘ぎの私を尻目にY良、K寺はどんどん前に進んで行く。
この辺りから私なりに高所での歩き方を変えてみたら意外に楽に登れることが分かった。

つまり50歩登って立ち止まって20回深呼吸を繰り返しながら登る方法である。
傾斜がきつくなれば20歩登って20回の深呼吸をする。4000mでもこれはいけそうである。

周りは依然としてガスの中である。只ただ、トレースを辿って登るのみ。
6時30分(出発から4時間弱)痩せた雪稜上にでる。

頂上間近。稜はいよいよ痩せてナイフリッジに変わる。
その瞬間、突然ガスが消えその前方に頂が、

朝の太陽が忽然と現れ、空は紺碧、360度の大パノラマを見せてくれた。

その朝日に向かって歓喜の歓声。6時45分到着!!気温零下14℃


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モンブラン山頂

そこにいた一人のオーストリア人が「Fantastic!!」と握手を求めてきた。

こちらも思わず「ワンダフル!」と。

しかしながら、この素晴らしい一瞬も10分と持たず、また元のガスに閉じ込められてしまった。

素晴らしい瞬間が短かかったので余計に美しさが増幅された。
全く「ツキ」以外何ものでもない。こんなについていて良いものか?

まだ登頂していない後半組みに申し訳ない気持で一杯。
15分位で下山にかかる。

牧師さんがYm本さんの体調を気遣っていたが間もなく4人とも元気に登ってきた。

腰痛の私はバロー小屋で待つことにしてお先に下山する。
バロー小屋で少し休憩をして腰の状態が気になる私はここからもお先にゆっくり下りることにする。

一人下山を気にしてくれてK寺、Y良両君が付き添ってくれた。
グーテ小屋で皆が下りてくるまで1時間ほど休ませてもらう。

お蔭でこれ以降のテン場まで、体調が崩れずに帰着できた。感謝。
Hちゃんは町へ散歩に出かけており不在であった。

8月14日:
予定では本日チューリッヒへの予定日であったが、
taxi運転手DuDu氏の提案(明朝早くタクシーで出ればチューリッヒ空港に十分間にあう)

で、もう1日シャモニーで過ごすことが出来るようになる。
夕刻7時30分にシャモニーの街に集合として1日フリーデイとする。

I東、H川、E本、Y本はケーブルカーでミディーへ出かけ、残ったO見、Y良、M田、私は近くの森へ散策に、K寺君はのんびり休養。
本当は私ものんびりと休養したかった。

散策後、Y良君と自転車でガイアンの岩場見学に行く。
蓬莱峡の大屏風を5倍ほど横に長くしたような岩場である。

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夕刻は全員、町に集合してイタリアン料理で最後の晩餐。

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最後の晩餐

2日早いがHちゃんの誕生日を祝す。

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8月15日:
4時起床、テント撤収。2台のTaxiでチューリッヒ空港へ。

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シャモニーのキャンプサイト・最後の朝

DuDu氏と付き合って4時間、車の中で一睡も出来ず。
でもレマン湖のシオン?城も見ることが出来たし、いろいろガイドしてくれ楽しくドライブが出来ました。

11時(日本時間18時)出国。
香港経由で8月16日15時30分M利さん、M崎さんそして牧師さん家族に出迎えられ無事帰国。

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Mo会長、Mr崎さん、牧師のご家族に出迎えられ無事関空に 

皆さん12日間どうも有難う。そして会の皆さん、家族の皆さん、会社の皆さん本当に有難うございました。

参加者:Ym本1号、牧師、Mr田、Yu由、Ko寺、En本、Gramps、O見、I東、(Ako)

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