大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

北ア前穂北尾根(春山)
 
期間:1989.04.28夜~05.02          

4月29日:
涸沢まで:晴れ。
昨夏登った屏風のルートを目でトレースしたりして、今日は只ただ涸沢まで歩くのみだが
30k弱のザックを担いでは疲れた。

4月30日:
前穂北尾根:
2時起床、4時出発。かすかなトレースの跡を辿るもラッセルを強いられる。

雪が締まっていない。
どうせトレースがないのなら5・6のコルに向かわずに4・5のコルを目指して登ることにする。

しんどい登りである。4峰に5~6人が取り掛かっている。
彼らは4・5のコルに幕営していたようだ。

取り付きよりルートを間違えてひき返したりしている内に時間切れとかで断念して帰っていった。
続いて我われの番である。

1P目:Nak岡君トップで雪稜をリード。

2P目:Gramps同じく雪稜を40m一杯で左にトラバスして

3P目をNak岡君に交替。
岩を左から廻り込んでビレー。ピークに到着。
そのままピークを越して降りればよかったものを回り込んだため2Pザイルを出す羽目になる。

3峰:
少し休憩して取り掛かる。

1P:Grampsトップ:左に巻き気味に登り始めたが凹角がいやらしくその左をトライ。
きのこ雪のため苦労させられやっとのことで抜け出て、右にトラバースしようとした時ハーケンが抜けヒヤッとする。

尾根上に出て40m一杯でビレー。
左に右にと登ったためザイルが重い。

2p:Nak岡:ルンゼ状チムニーを登って10m左に移動して直上乗っ越し。
この乗っ越しがいやらしい。Nak岡君トップでよう登った!

ヘリが北穂沢とヒュッテを行き来している。
人らしき物体を運んでいる。

そうこうするうちに新聞社のヘリが何機も飛んできて北穂沢へと向かっている。
北穂沢の上部に大きく亀裂が入っている。雪崩れたようだ。

3P
からはそんなに難しいところはない。しかし前穂頂上までは長い。
やっとの思いで到着できた。

ここで大休止。お茶を沸かして1時間、後続のパーティーもやってこない。
彼らも時間が掛かっているようだ。

時間も経ってきたので奥穂に向かうことにする。
「夏来た時もこの吊尾根はうんざりする程長かったよ」とNak岡君。

案の定今回も長かったこと、長かったこと。ほとほと疲れました。
トレースはない。ある個所ではアップザイレンをしなくては降りれない。

奥穂についた頃にはあたりは真っ暗になってしまった。
奥穂から白出しのコルまではアンザイレンして降りる。

下りルートが全然分からないのでハーケンを打ち込んで確保しながら1ピッチ、1ピッチの下降である。
手間取ってなかなか降りれない。

ヘッドランプの明かりに気づいた小屋のお客さんたちがヘッドランプをこちらに向けて見守ってくれているようだ。
なんと涸沢には22:30分帰着。

その場に座り込んでしまった。
自分の体力の落ちたことに落胆。

やはり常日頃から歩くトレーニングを痛感する。
日が暮れてからも、空(から)の我われのテントに関係者が何度もなんども見に来ていたとか。

北穂沢の雪崩れに埋まってしまっているのか心配して・・・・

5月1日:
一日中雪:大阪のガイドのOさんが我われのテントを訪問してくれた。

早速宴会が始まってしまった。午前11:30より午後8:30まで延々と3人でやってしまった。
ウイスキー2本、焼酎1本、それにビール少々。

飲み出したら止まらない癖にまたも気分が落ち込む。
いろいろお話したようだが殆ど記憶に残っていない。

5月2日
晴れ:新雪雪崩、二日酔い、疲れの3悪のため昼頃まで過ごして下山することに。
何のための酒か?明日から断酒を心で誓う。

今回の山行は自分の意志の弱さのためのみ過ぎてしまい満足感のない山行になってしまった。
パートナーのNak岡君には本当に申し訳ない。

(その後5月2日から11日間禁酒が続いた。そして今日24日まで3回しか飲んでいない。毎日飲んでいた私でも今度はホンマに断酒できそう。

そして20年後の今やっぱり断酒はできていないが酒量は当時と比べるとびっくりするほど少なくなった。というより量が飲めなくなっている。悲しいことか?)
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