大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

 蓬莱峡              

期間:1988.10.23
参加者:

ぽっぽやさしい岩登りスクール


天気に恵まれ幸運です。
軽い準備運動の後、我々の班は小屏風でトラバースの練習。

続いて大屏風の緩傾斜帯で懸垂下降の練習をして午前中は終了。

午後からは、
大屏風で実践クライミング。(生徒は奥村、中井さん)

1本目:中央:2人もやや緊張気味

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真ん中が中井さん

2本目:凹角左カンテの左:1本目より難しかったがスリルがあり面白かったとか。

3本目:凹角:2人とも確実に登ってきた。
2本目より難しかったそうだ。

今日の講習会はこれで終了。
帰りに宝塚の珉珉でコンパ。

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珉珉にて(JR宝塚駅前にあった古い珉珉)
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御在所・中尾根  
        
1988.10.15夜~10.16 大阪ぽっぽ会 Gramps

10月15日16日:参加者:Hg三郎・Gramps(ぽっぽ会)、Ta中・I内(高槻)

Ta中氏の車で南茨木よりケーブル上の駐車場へ2時間強で着く(20:00→22:10)。
0時就寝。3時前にI内嬢の鼻声?で全員起こされるも再び5時までぐっすり眠る。

6時テン場出発、
テスト岩から2ルンゼへの登り口を探すのに少々時間を食ったのと取り付き手前で迷ったが、
どうにか到着できた。

Gramps・I内、Ta中・Hで登ることにするも以下の理由でパートナーは変更になる。

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中尾根:パートナーHigさん。

1P目:T:Gramps:P4、8:20登攀開始。登りはじめから意外と難しい。

3mほど登って気合を入れ直す。
自分も登れるのか不安になったが登った後、
I内さんが登ってこれるかどうかがより不安となり登りに集中できない。

内面登攀のためザックが引っかかったりして登り辛い。

私の登りを見ていたTa中さんがGramps・H(中尾根)、Ta中・I内(前尾根)に別れて登るパーティー再編成を提案。

Ta中さんより「前尾根は、以前登ったことがありますから」と。
しかしながらパーティーを二手に分散して登るのも心配である。

「Higさん、どないする?」「僕は中尾根を登りたいんだが・・・」と遠慮気味にHigさん・・・
結局、上記パーティーに編成替えして頂上で落ち合うことにする。

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中尾根より前尾根を望む

下のチムニーを何とか登り、上のチムニーを登った所でビレー。

2P目:TGramps:P3:出だしは先ほどより易しい。
確保点手前3mのところで、ザックを背負ったままではどうしても登れないので、ザックをおろして登る。

その後15m程懸垂下降をして3P目に。

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3P目:T:H:P2:直上して左にトラバース後、
ぐるっと廻って緩斜面の登り。緩斜面とはいえなんとなく嫌らしい。

4P目:T:Gramps:P2:ビレー点より一段上がって同じ角度で4m程登って、

少し直上して左に回りこみ再び右へ移動しながらの垂壁に近い登り。
ハンドホールドはあるが、次のホ-ルドまで遠い。

ビビッてしまいアブミを出してホールドを掴む。
ビビッてしまった後なので直上ルートは敬遠して左より回り込んで登る。

5P目:T:Gramps:P1:時間とビビリの相乗効果で、このⅤ級ピッチはカットして左から回り込んで登る。12時完.

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中尾根から前尾根を

ここからは頂上へは殆ど歩かれていないようで、
ブッシュ帯のヤブコギを30分ほどして中道に出る。

前尾根のやぐらが見えるところでTa中氏にコールするも返事は帰らず。
後で聞いたら本人は今少し下にいたとか。

頂上へは13:20分着。14:30分になってもTa・I内現れず、
心配になって裏道をやぐらのコルの見えるところまで迎えにいくも見当らず、

再び山頂に引き返すと、彼らがそこにいる。
「よかった、よかった」で記念写真を一枚撮り、中道を下ってテン場に。

途中温泉に入って帰宅(21:15)。

中尾根は前尾根よりも壁が立っている。風も強く寒かった。

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ロッククライミングスクール(RCS)のパイオニア・大阪ぽっぽ会の28年目(2008年)のスクールは10月19日(日)と25日(土)の2回です。詳しくはぽっぽHP又は登山店のチラシをご覧ください。

北ア・錫杖岳(中級登山学校

北沢フェース、3ルンゼ、中央稜       大阪ぽっぽ会 Gramps

1988.10.7夜~10.11未明
 
10月7日8日:2台の車で10名、1日先に出発。従って今回は3日間の予定になる。名神桜井PAで21時から1時間半待って乗せてもらう。北陸道を利用して富山経由で槍見温泉に4時過ぎに到着。 6時頃まで仮眠してテン場に向かう。

先発隊のため、いつものようにテント地確保に必死にならなくても良いのでのんびりと歩く。テン場でもゆっくりと用意して9時過ぎに出発。取り付きには10時頃到着。

北沢フェース:パートナーI原君

1P目:T:I原:登り口の左上クラックに水が流れており、嫌らしい。
20m位でブッシュ帯に入り40m一杯でビレー。

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写真は2002年10月

2P目:T:Gramps:階段状のところを10m程直上し、
大きく左にトラバースしたあと、左上して40m位で立ち木でビレー。

3P目:I原:ここから人工。
先行パーティー(Mu崎・Ku畑)最初のハングのすぐ上でピッチを切る。

アブミビレーのため登ってしまうまで待つ。
真っ青な空をバックにMu崎さんの壁から飛び出してビレーしている姿は絵になる。

カメラを持ってこなかったのが悔やまれる。
I原君ハング下で長いこと待つ。

セカンドのMu崎さんがやっと登りだしたので確保点へ(20m) 。

4P目:T:Gra:3ピッチ目、4ピッチ目は人工の連続作業。
3P目からは40mくらい(4P目からは20m)の窪地のようになったバンドでビレー。

5P目:T:I原:傾斜も少し緩くなり、
アブミ3回後フリーで15m登って大テラスに到着。

6P目:T:Gra:このルートの核心部。
扇形大ハング。順番で私の番に当たる。

恐さとめぐり合えた幸運との複雑な気持で大休止後トライ。
登り始めは直上し、その後少し左へ向かってハング帯に。

その登り始めが意外と難しい。

地上からKi村(ぽっぽ)夫妻が声援してくれている。
この頃から下の方はガスが出たり消えたりし始める。

ハング帯からは力をできるだけセーブして登るように心かけ、
マジックフィフィ、腰のフィフィを多用して登る。

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写真は2002年10月

右上気味にトラバースして回り込んだところからフリー(2~3m)に変わる。
いつも思うことだが、人工からフリーへ変わるところは精神的に良くない。

1,5m先に横になった木があるが、
その木を掴まえたらもう安心と思うも、

その木が大丈夫なのかは分からない不安も同時に起き、
一歩がなかなか踏み出せない。

やっとのことで木のところに辿り着く。

一安心。ここからは今一度アブミを使って直上してハングの上に回りこんだ状態になる。
草付きを左上して立ち木でビレー。

7P目:T:I原:ここからは簡単かと思いしや、
なかなかそうでもなさそう。

凹角を登って右に回りこみ、スラブを登ってブッシュ帯で確保。
このスラブ、フリクションは良く効くがピンが少ないため不安である。

8P目:T:I原:そのままブッシュの中へ。
ブッシュ帯の登り道を間違えたようだ。ヤブコギとなってしまう。

Gramp先行。
上でMu崎さんの声がする。

途中でI原君に登って来てもらい、
登攀具をザックに入れて、Mu崎、Ku畑さんの待っていると終了点に。(17:30)

ここから一度道を迷ったが西の肩へ。
辺りは既に暗くなってきている。下降するのに時間が掛かる。

下に降りるに従いガスが厚くなる。
ライトの光は2~3m先しか届かない。

長い、ながい下降の末クリヤ谷に到着。
クリヤ谷にある登山道は暗闇の中で全く分からない。

水量が多いため不安はあったが沢の石伝いに下る。
昼間1時間のところ倍の2時間を費やして20:00テン場に帰る。

我われ以外もう全員帰って、夕食も済んでいる。
残しておいてくれた水炊きを腹いっぱい食べて寝る。

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写真は2002年10月

3ルンゼ
10月9日:
4時起床。今日は本体が入山する日。
6:40分出発。ルートは一度だけ行って見たい3ルンゼ。

パートナーはMu崎さん
7:30到着。残念ながら1組先行パーティーが取り付いている。8:30登攀開始。

1P目:T:Gramps:1Fの手前左をアブミ2回で乗っ越してF上でビレー。

2P目:T:Mu崎:30m、2Fを越した所でビレー。

3P目:T:Gram:だらだらと登って終わり。

4P目:T:Mu崎:チョックストーンをくぐってビレー。

5P目:T:Gram:右側の壁を登って、左にトラバースして、
またF上を左にトラバースして右に回り込んで確保。

6P目:T:Mu崎:最後のFを左から乗っ越して終了。

その後は草付きをコルまで登り懸垂で降りる。
この懸垂は合計4ピッチ。

最初の1,2ピッチは45mザイルならば1回で降りれそう
(当時は40mザイルであった)。

4ピッチ目の懸垂は一部空中になる。
今回の懸垂時水が流れておりザイルが濡れてしまい面白くない。

懸垂後は40分でテン場に到着。
今日は早く終わってテン場でゆっくりしようと目論んでいたが、

先行パーティーが遅く待っている間も寒くてしょうがなかった。
ということで思ったより早く帰れなかった。(15:00)

中央稜
10月10日:
 昨(夜)日のビバーグ組の件で3時起床、4時出発ができなくなり、
1ルンゼ左ルートは取りやめにする。

I原君のコーチKu畑さんが風気味でテンとキーパーになったため
Mu崎・I原・Grampsの3人で中央稜に出かける。

(Kuさんは昨年も2日目はしんどいといって休んでいた。どうしたんだろう?)。

中級終了山行(当時は修了山行と言ってなかった)であるのにぽっぽ会員同士3人で登るのもおかしなもんだが・・・

ルートは自由にとって、
確保は全て自分でハーケンを打って取る。

ルーと自体は一部を除いてそんなに難しくないが、
初登の気分が味わえてそれなりに面白い。

午後からは槍見温泉につかって、
富山ICの手前で夕食を取ったあと、先発組とバス組とに別れて帰路につく。

富山IC9:00.帰宅1時。

(生徒:Mu崎さん、I原君)
不動岩での事故(落石による負傷) 

期間:1988.10.1(土)            
参加者:Gi座さん、Gramps。
落石発生パーティー:Y本先生、S近さん(ぐずの会)

土日連続でトレーニングをするつもりであったので今日はゆっくり目に出かける。

1本目:蜂の巣左。
2本目:蜂の巣右のクラック。
3本目:あばたもえくぼ。
4本目:あばたもえくぼ。
5本目:あばたもえくぼ。
6本目:ナンバブラザーズ。

6本目のナンバブラザーズの取り付きで登る用意をしていたその瞬間、遠くから「ラック!」の声。
続けざまに上の方から「ラック!」の声。思わず上を見ると凹角(現在は「砂かぶり」といっている)の上部から靴の大きさ位の石が落ちてきている。「かわせる」と直感する。いや「かわさなくちゃ」だったのかはっきり覚えていない。

次の瞬間、右前腕に痛みが走った。「痛い!」上げていた右腕を見ると、5ミリの幅と深さで、5~7センチほどえぐられて白い身と赤黒い血管のようなものが露出している。

丁度筋肉の部分である。その周りの皮はぶよぶよになって腫れている。
血は出てこない。
痛みも感じない。それでも本能的にか手を上げてもう一方の左手で意味があるのか無いのか分からないが、怪我したところより心臓に近いところを必死に圧迫している。

何故か頭がやたらと熱い。隣を登っていたパーティーの方がヘルメットを脱がしてくれたり、クレッターシューズを脱がしてくれたりと一所懸命に手助けをしてくれている。

Ginoちゃnが「Y本先生ー!」「Y本先生」(Y本先生は形成外科医)と大声を張り上げながら下降路を駆け上がって呼びに行った。

まるでドラマの筋書きのように、そこらにいた皆がそれぞれに動いてくれている。
腕に当たった石は多分背にしていた岩に落石がぶち当たり、その割れた一片が跳ね返ってきて当たったようだ。

暫くして痛みが出てきた。ズキン、ズキンする。思わず「来週の錫杖岳への卒業山行は行けるだろうか」なんて思わず考える自分のアホさ加減にあきれてしまう。(今は修了山行と言っていますが、昔は卒業山行と言ってました。

そうこうしているうちにY先生が到着。

「来週の錫杖は大丈夫。行けますよ」と先生の言葉。
今の痛さから判断してホンマに行けるだろうか半信半疑である。
「バンドエイドかテーピングはありませんか?」
「私のザックの中にあります」。テープで傷口を塞いでハンカチを巻き、その上から消毒。

「いつも針と糸を持っているのになあ!今日に限って持って来ていない」とY本先生無念そう。こちらは冗談じゃない裁縫とは違うだからと内心思うも口には出していえない。

土曜の夕方だからどこの病院も閉まっていることだろ。
「○○市のxx病院は?」と言ってみると、「駄目、あそこはだめ」の一言。

「じゃ、守口まで行こう!」守口とは関西医大で彼の職場である。
S近さんの車で守口へ。

16時、縫合開始。最初は内側の筋肉の縫合、その後に皮膚を縫い合わす。
まるで裁縫そのもの。
「プロとはいえ大変な仕事ですね」「いや、こんなことが好きなんですよ。患者さんには悪いが、難しいほど面白いんですよ。
岩登りと一緒ですよ」なんだそうです。

普通外科的には一回縫合するだけだが、形成外科のため内側を縫合し、更に外側を縫合し傷跡が分からないくらいにするそうだ。(現在傷跡は全然分からない)。

縫合後、先生の部屋でお茶を頂きしばし歓談。今は麻酔が効いているので全く痛みを感じない。

S近さんに上新庄駅まで送っていただき帰宅。帰ったら案の定「どうしたん?今日は泊りじゃなかったの?」長袖で包帯を隠していたがばれて再び「どうしたん?」「ちょっと擦りむいた」[そう、良かった]で終わった。

夜中に麻酔が切れてきて傷口がうずいて眠れない。我慢していたが3時頃頓服を飲む。20分後くらいに痛みが消えてやっと眠りにつけた。

明日は不動にも行けない。丁度高槻市で市民体力測定を行っているので、そこへ行くことにする。

後日談:この頃は毎年、錫杖に行きたくて行きたくてしょうがなかった。
そして先生の言われたとおり、錫杖岳にも行けました。
Y本先生がS近さんからの差し入れといって肉の塊を持って来てくれた。

そしてテン場で抜糸をしていただいた。