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大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

  不動岩 ビバークトレーニング             

期間:1988.8.20夜~21
参加者:ISHR、Gramps(Muraさん・当日)

22時道場駅に到着。既にISHRが待ってくれている。
彼は15時から来て一人で練習していたとか。

今夜は2人でビバーク練習をする.

ISHR君の案は百丈岩のローソクを登って、
テラスでビバークする。

「これからローソクを登るの?」「そうです」
「ローソクを夜登るのは恐い」「じゃあ、不動岩の東壁中央テラスにしましょう」。

23時、ISHR君がトップで
ヘッドランプの明かりを頼りに中間テラスまで登る。

続いてフォローで登る。
意外と登り易い。

30分でテラスに到着。
下の浄水場の明かりでテラス付近は薄明るい。

幸運にも空には星が輝いている。

時々流れてくる霧が幻想の世界へと誘ってくれる。

「ああだ」「こうだ」と試行錯誤しながら
ビバーク態勢を何とか30分かかって設営。

ビバーク終了時間は4時。
これから4時間、膝を抱えて我慢の時間がに入る。

途端に空腹を感じる。
食べ物は下に置いてきてしまった。

「ISHR君、ウイスキー持ってきた?」
「下に置き忘れた」万事休すである。

それでも雪山のこと、ぽっぽスクールのことやら山のことばかり、
なんや、かんやと1時間ほどしゃべっていたが、

眠気がきていつの間にか2人とも眠りに陥る。

膝を立てたままじっと座っているのはしんどい。
うとうとすると頭が前へがっくりと落ちる。
首が痛くなる。

固定ザイルにテープシュリンゲを括り付け、
それを顎に引っかけて減ると30分くらいは眠れる。

何度かの目覚めでようやく待望の4時。
早速起きて下降準備。

4時半懸垂下降を始め5時帰着。

そのまま道場駅に直行。
早速ラーメンを作って朝食を摂る。

Muraさんは8時に道場に来る予定なので、
6時から2時間仮眠にはいる。

8時きっかり、Muraさん到着。
3人で再び不動岩へ。

今日の登るスケジュールは
1)ナンバブラザーズ、2)重箱、3)ハスラー、4)ハーケンルート

一番目のナンバに行ったら、
すでに他のパーティーが取り付いていたので「あばたもえくぼ」に変更。

Muraさんと2人でトップロープをセットしに行くも相当時間を費やしてしまった。

先ずはISHR君:上部でもたもたしてなかなか登れない。
右のカンテを使って登り、クライムダウンして先ほどの核心部の再トライ。
今度は上手く登れ満足そうな笑み。

続いてMuraさん:やっぱり核心部でもたもたしていたが、ISHR君とは別のムーブで解決。

最後に私:核心部はムーブが起こせず。右のカンテを使ってのぼる。

今度はナンバブラザーズ。
最初にISHR君勢いに乗ってリードで登り始める。

さすがのISHR君も疲れているのか、
上部核心部でもたついている。

何回もテンションを掛けながら、
負けず魂でトライしているが遂に諦めてA0で抜ける。

Muraさんも核心部でもたついてA0で抜ける。

私は2人の登りを待っているだけで疲れてしまった。
寝不足と暑さのせいかと言い訳をしつつも、
やはり核心部は抜けれない。

A0で抜ける。
力だけでは登れない事が分かっただけでもよかった。

今日は寝不足、暑さのためこれでリタイアーをする。

ISHR君、Muraさんはその後も頑張って登っている。
すご~い!

今回のビバーク体験は良かった。
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 西穂高岳~上高地~奥穂高岳~岳沢 (思い出2)   家族サービス

1986.8.8夜~8.13朝

参加者:母(70歳)、妻、長男(13歳)、次男(11歳)、Gramps          

8月8日・9日:

晴天なれどガスがかかっている。
西穂高口より西穂山荘までは1時間のコースタイムのところ、2時間30分かけてゆっくり登る。

とにかく山荘まで登れたので一安心。
山荘前に幕営。時間に余裕がある。
夜行の疲れを取るのにはゆっくり出来たので最高。
母は山荘泊まり。

記録:
大阪22:20 →富山5:04、5:53→猪谷6:45、6:47→奥飛騨温泉7:21、7:25→Taxi→新穂高温泉口8:30→ロープウェー→西穂高口10:50~西穂山荘13:25

8月10日:

2時起床、4時出発。
既に何組かのパーティーは出発している。

丸山に向ってヘッドランプの光の列が見える。
弟のお腹の調子が良くないようだ。
もう2~3回立ち止まっている。この先を進めようかどうか迷う。

本人は行きたがっているので様子を見ながらゆっくり登ることにする。
母親は山荘周辺で待ってもらっている。
1時間もしたら彼の調子も良くなってきたようだ。

独標手前で明るくなってくる。
明神岳のシルエットが美しい。独標には既に何人かが登っているのが見える。

5:30独標に到着。太陽は既に出ているが、ここは明神岳の影で日のでは未だのようだ。
日の出を見てから出発とする。

独標の下りも冬と夏とでは大違い。
難なく下れた。ピラミッドピークには6:10着。
西側は雲の海。
その雲の向こう側の乗鞍岳から派生の尾根より見事な雲の流れ落ちる滝が出来ている。

その流れ落ちる様は雄大である。
こんな光景を見るのは初めてである。
正に天空の大滝が現れた感じ。
時間を忘れしばし見とれる。

またピラミッド・西穂高間で2度もブロッケン現象を見ることが出来た。
ブロッケン現象に遭遇したのも初めてである。
子供たちもアルプスに来て初めての体験で興奮している。

7:10目指す西穂高岳に到着。
残念ながらガスがかかり期待の槍ヶ岳は見えず。
10分ほど前までは見えていたとか。余計に悔しい。

ここでコーヒーを沸かして40分ほど山頂の一時を過して下山にかかる。

帰路はピラミッドピークで休憩をして、独標では休まずに通過する。
この時間帯の独標の人の多さにはびっくりしました。
独標を過ぎてから登ってくる人の多さに2度びっくりする。

ここからは今までのペースも狂ってしまい、のんびりと山荘までの下山となる。
テント地には9:45到着。母が1人で待ってくれていた。

母はその周辺を散策していたとか。
コーヒーを沸かしてテントを撤収して上高地への下山にかかる。

7ヶ月前の1月半ばに下った情景を思い出しながらゆっくりと下るも、
光景が全く違って、全然分からない。

しかしその時の運命の分かれ道の地点ははっきり分かった。
丸太橋を1度、2度渡り返した地点も、それから尾根に登り返した地点もはっきり分かった。

夏道はやはりトラバース気味に付いていたのだ。
しかし雪の中ではあの道は危険である。
尾根に登り返したのは正解であった。

そしてビバークした地点の直ぐ手前に夏道はトラバースして出てきている。
感激したことにビバーク地点にあのペグと紐が残っていた。

そして自然現象のものを探したがこちらは見当たらなかった。なぜであろうか?

戻って、この下りは超スローで下りる。
登山口に着いたのは???時であったか?記録忘れで分からない。

登山口より河童橋へ。
河童橋の字を見て、長男が次男に「なんと読むか知ってるか?」
次男は「コウドウバシ」と返事していた。

次男は巨人ファン。
河童橋の「河」は河野選手の「コウ」。
河童の「童」は児童会の「ドウ」だから「コウドウバシ」だそうだ。

とにかくその河童橋に着いた。疲れました。大休止。
アイスクリーム、ジュース、ビールと飲みました。
ここより小梨平のキャンプサイトへ。

何故か母親はホテルに泊まらずに今夜はテントに泊まると言い出した。
(昨夜の山荘の混雑ぶりが影響したのか?)

4人用テントに5人は無理。
必然的に私が外で寝る羽目になる。
しかし外はゆったりしていて熟睡できた。
そうそう今夜は花火もしました。子供と一緒は気を使います。

記録:
西穂山荘4:00~独標5:30~ピラミッドピーク6:10~西穂高岳7:10、7:50~ピラミッドピーク8:30~独標8:50~西穂山荘9:45、11:15~
小梨平???


8月11日:

今日から子供2人と私の3人の行動となる。
母親と妻は上高地周辺を散策。
4時起床。お茶漬け定食で5時出発。

静けさの上高地を父子3人で明神へ。
途中明神岳を眺めつつ、近くの水鳥と遊びながら快調に歩を進める。
「明神池に寄ろうか?」「別に…」と言う返事だったのでそのまま徳沢園に向う。ここで15分ほど休憩。

いつもの山行とはペースを変えてできるだけゆっくり歩こうと今回は考えているが…
徳沢園で日本人の男性と外国人の女性と仲良しなる。

彼らも今日は穂高岳山荘泊まりとか。彼らは食事中だったので先に出発をする。
新村橋で明神岳をバックに記念写真を撮る。横尾には7:30分に到着。

明神あたりで凄い勢いで追い抜いていったおじさんは横尾手前でペースダウンしたのか追いついた。
横尾でまたまた大休止。のんびりと行こう!

横尾へは何回来たことだろうか?来るたびに感じが違う。
山っておもしろいものだ。

横尾からは橋を渡って河原の道を、
笹の道を通り抜けて右岸に見える屏風岩を眺めながめ本谷橋へ。

屏風には何組かのパーティーが取り付いている。
いつか自分もあのように張り付いている姿を思い浮かべて一路本谷橋へ。

雪のときの本谷橋はどこにあるのか分からないが、
夏ははっきり清流の上に立派に架かっている。

ここで休憩。
急いで行っても同じこと。ここでゆっくり山の美しさを、山に来ているのだという実感を子供たちに感じ取ってもらおう。そのためにも休憩が必要だ。

身の切れるような冷たい雪解け水で顔を洗う。
気持ちが良い。
後はその辺りの大岩の上で大の字を並べて寝そべり、仰ぎ見る大屏風はやすらぎの一時である。

30分ほど休憩して涸沢に向う。
雪の季節はここから沢通しに進むが、夏道は右岸に登ってトラバース気味に進む。
急登の後はだらだら登りである。

そろそろ疲れが出てきたのか弟が休憩を要求し出した。
水の流れが夏道と同じ高さになったところで大休止。
冷たい水に足を入れて疲れを癒す。

ここから涸沢まで30分位だろうか?
涸沢に向う人の中にバテはじめている人も出始めている。
我々は何とか涸沢に到着できた。

ヒュッテでラーメンを食べて、白出のコルを目指す。
盆休み前のせいかテント村は超満員というほどでもない。

雪渓を横切ってザイテングラードに向う。
この登りは時間も十分あるので休み、やすみゆっくりと登ったが、白出のコル手前で弟の調子が悪くなる。

小屋に入って少しするとむかつきが始まり、吐き気がしてきて、吐いてしまった。
それから2時間ほど熟睡したらすっかり元気になり一安心。
(高山病だったかもしれない。処置は正しかったのだろうか?)。

天気は残念ながら小屋に着く前からガスがかかって一時雨の状態で夕暮れの素晴らしい景色は見られずに終る。
20時就寝

記録:
起床4:00、出発5:00~明神池5:45~徳沢園6:30、6:45~横尾7:30、7:50~本谷橋9:00、9:30~涸沢ヒュッテ11:25、12:00~穂高岳山荘14:55

8月12日:
2時起床。誰も未だ起きてこない。
外は少しガスっているが星は見える。

子供たちを3時半に起こして朝食をとり、ヘッドランプの明かりを頼りに奥穂の登りにかかる。
急ではあるが子供たちも難なく登ってくる。

40分ほどで山頂に到着。
日の出の方角には少し雲がかかっているが日の出は何とか見られそうだ。
槍ヶ岳の方角は西から流れてくるガスのため穂先が時々見えるだけ。

ご来光だ。早速シャッターを切る。
山頂の気温は5℃。寒い!

今まで切れていたガスが急速に周りを包み出してきた。
急いで歩を先に進めることにする。

何度もなんども同じような形の支尾根を廻り込んで紀美子平へ。
前穂高へはガスが出ているため登らずに、そのまま岳沢へ下りることにする。

いつも思うことだが、
下りは下りても下りても果てしなく続く感じがする。

岳沢も同じでなかなかヒュッテに到着しない。
ヒュッテまでの道すがら時々ガスも切れ奥穂から前穂への道、明神岳の眺望を楽しませてくれる。

岳沢ヒュッテで大休止後、再び上高地へ向けての下り。
登山口に到着すると上高地を散策している人の多さにびっくり。

湿原帯の板張りの道を通って河童橋へ。
ここは山の銀座である。散策している母と妻を子供が見つける。

小梨平キャンプサイトに戻って昼食を摂り、テント撤収してバスセンターからタクシーで松本へ。
よくしゃべる運転手で松本まで退屈せずに行けた。

松本でお亀の湯に入り今回の山行も無事終りました。

記録:
起床2:00~奥穂高岳~前穂高岳への分岐(紀美子平)~岳沢ヒュッテ~登山口~小梨平~バスセンター→松本→高槻