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大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

中級登山学校を終えて        

1986.10.15
                           

4月から始まって半年間、
終ってみるとなんと短い半年であったことか。


いろんな人と知り合え、
いろんな方から教えられ勉強になりました。


振り返って4月、
この年齢でどこまでやれるのか心配もありました。


自分のペースを守り、
一歩一歩慎重に且つ着実にをモットーにやってきました。


縦走から始まり、蓬莱峡での岩場歩行、脱出訓練、
荒地山でのボルダーでは自分の力無さを棚に上げて登山靴のせいにしたり、
また百丈岩で初めて履いたフィーレの感触はまるで吸盤のように感じられた。


落石による他パーティーの搬出(亡くなられた)、

続く不動岩での落石。
大音響と共に真横を落ちていった頭大の落石群。


この時はこの先が案じられたが、
その後は事故も無く練習練習と頑張ってこれた。


少しでも登れるようにとランニング、ストレッチにも励むも、
歳のせいかちょっと無理をすると、足の筋がおかしくなったりして休止。


治ったら又励むの繰り返しであった。

こんな調子で日常のトレーニングは十分でなかったが、
4月の時と現在を比べてみれば身体は確実に柔らかくなっているようだ。



後半なると練習日以外にも生徒同士で2~3回は練習に行ったりして頑張ったりもしてみた。


その中でも、
9月6日不動岩でSi水、Tu井さんの3人での練習で、
3級ルートではあるが、初めてトップで登らせてもらった。


その時の興奮と感激は今でも忘れられない。

またK村さんとは、蓬莱峡で凹角をトップで登らさせられたり、
雪彦山では地蔵の東稜を全部トップで登らせられたりしました。


このトップで登ったことが、
それが易しいルートにしろ、セカンドで登っていた時と、登りに対する見方を一変させてくれた。


U山さんとの不動の東壁、東稜リッジ、凹角、菱形ハングもどうにかトップで登れるようになった。

また人工登攀も6月8日の初めての練習の時は、
全然登れなかったが、5回ほどの練習で少しは登れるようになった。


しかしながら人工登攀の練習はもう少ししなければならないと痛感している。

今この中級での思いでは、
雪彦山の地蔵中央バンドからのあの高度感のある眺めと、
錫杖岳P3下からの眺めは忘れられない思い出である。


最後までめげずにここまでやってこれたのは、
校長以下大勢のコーチの方々の温かいご指導と、
生徒間の相互協力、T労山の支援と感謝しています。


またこれが終わりではなく始まりであり、
今後どのような山行をしていくのかを考えてみたいと思っています。


感謝!
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