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大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

‘86北ア・西穂高 ~上高地 (思い出1)       

1986.1/14夜~1986.1.18朝

1月15日:快晴:
ロープウェーから見る景色は素晴らしい。天気によって景色はこんなにも違うものか。
こんな素晴らしい景色はきっと一冬にそう何度もないであろう。
笠が岳、錫杖岳、穂高連峰、遠くに少し頭を出している槍ヶ岳。

歩き出す前から心がウキウキ状態。
頂上駅でゆっくり時間を取って服装を整える。気温はマイナス12℃。
風もなく寒さを全く感じさせない。

笠、穂高の写真を取って出発。トレースは全くない。
とにかく行ける所まで行くことで進む。
25kgの荷物はやはり重荷である。

幸いにも山荘往復組の4人(一人は山スキーを装着)パーティーと一緒になる。
彼等は空身のためラッセルを積極的にやってくれた。
先頭のスキーを履いた人が途中まで頑張ってくれたので非常に助かる。

我々と同行した4人組は時間の関係で山荘まで行かずに途中で引き返した。
西穂山荘まで丁度半分のところで上からラッセルをして6人組が降りてきたので、御互い感謝して別れる。

これからはトレースがついており楽に登れる。
2人だけのゆっくりした冬の山歩きとなる。山荘に到着したが誰もいない。

小屋の前にテントを設営し終わった頃、丸山方面より小屋番の2人がスキーで下りて来た。
余りにも天気がよかったのでお花畑まで散歩に出かけてたとか。

4時に天気図を取る。明日はもう天気が崩れるようだが大崩はしないだろう。
夕日がとても綺麗だ。20時就寝。

大阪23:20→富山5:04、5:53→猪谷6:45、6:47→奥飛騨温泉口7:21、7:25
→バス→新穂高温泉口8:30→ロープウェー→西穂高口9:50、10:15~西穂山荘13:30
 


1月16日:
昨夜は全く風がなかった。山でこんな夜は珍しい。
寒さの為早く目覚める。ゆっくり朝食の準備に取り掛かり、明るくなって出発。

曇っているせいか周りが暗い。独標までゆっくり進む。
独標からの眺めはいつも山に来て思うことだが、「来てよかった」である。

明神、前穂、ピラミッド、西穂、笠、錫杖と素晴らしい眺めである。感激。
30分ほど休憩して北へ進むもこの独標の降り口でビビッてしまう。

ザイルを出してTさんが先ず先に下りる。
この後ピラミッドピークまで3つ程の小ピークを越えて進む。
ピラミッドピーク手前で突然ガスられ、これ以上進むことに不安を感ずる。

果たして進んでみたものの帰りが大丈夫か心配になり、相談の結果今回は、引き返すことにする。
独標まで帰ってきたら昨日たった1人小屋に泊まった千葉の人に会う。

本日始めて人に会う。
独標で一休みをして、ゆっくり来た道を引き返す。

お花畑に来た頃、急に晴れ始め昨日と同じくらいに晴れ渡る。残念、これならば西穂まで行けてたのに!と悔やむ。
陽春のような日差しの中の稜線漫歩である。
テン場で缶ビールを1本飲んでテントを撤収。

これからラッセル覚悟で上高地に向けて出発。
多分上高地までは行けないので途中でビバーグだろう。
急坂を降りて大きく右に曲がって電線と出合うところまで進む。

後はその電線に沿って只ただラッセルして進む。
Tさんとは何回目の山行であろうか?
雪のラッセル山行は比良山縦走以来。
「あの時は日が暮れてしまい、道にも迷って行ったり来たりしたなあ」と思い出しながら。

だが今日は頼みの電線がある限り大丈夫。
何回も何回も落とし穴にはまりながら進む。

上高地から100m程上部と思われるところで、例の電線とは別方向に、はっきりしたトレースをTさんが発見。
高度もかなり下がったし、トレースもはっきりしていることだし、と話し合って電線とは別の楽そうなトレースの方に行くことにする。

これが本日の失敗の巻き。
多分電線に沿って降りていったら日没までに平坦地まで難なく出れたと思う。

トレースは夏道通しにあったと思えるが、
いつの間にか玄丈沢の中に入り込んでいることに気づき、左の尾根伝いに登り返す。

相当きついラッセルを強いられる。
日も暮れて来たので適当な場所を探してビバーグの用意。
テントを設営して食事を終わったら22:00.

天気予報を寝ながら聞いて3時に起床。

テントサイト6:30~独標7:58~ピラミッドピーク9:30~独標10:00~テントサイト11:55、13:30~上高地手前のビバーグ地点18:00

1月17日:
樹林帯の中なのか、天候のせいか昨夜は静かであった。
5時間の睡眠時間はちょっと眠い。
大事を取って明るくなってから出発。

とにかく尾根を下れば目的地・上高地につくと思えば気が楽である。
天気は朝から雪。少し下るとあの懐かしい電線に再び会えた。

45分強で西穂登山口に無事到着する。
下山届を出して木村小屋へ。

小屋を覗いて何か温かいものを頂こうと思って入ったら、誰もいないようだ。
諦めて出ようとしたら奥から小屋の主人が現れる。

再び中に入る気もなくなり外での立ち話となる。
聞くところによると、昨日単独行の人が2日間ビバーグして下山してきたとか。

多分あのトレースはその人のものであろう。
完全に沢に入り込んでしまっていたら危ない所であった。

 木村小屋手前の上高地の冬景色は正月と違って静寂そのものである。
春から秋にかけてのざわざわした一切のものを消して全く素晴らしい。
20年前の上高地の思い出が甦ってくる。あの静けさである。

 ここより林道を一路沢渡まで4~5時間歩かなくてはならない。
途中大正池の冬景色、釜トンネルの巨大なツララ、川岸の氷柱を眺めながら沢渡に到着。
バスは出た後、タクシーは来てくれない。

西村屋に来た洗濯屋の車に6000円で松本まで乗せてもらう。
松本では例のお亀の湯に入って夜行で帰阪。

起床3:00出発6:30~登山口7:25~木村小屋8:00~釜トンネル~沢渡12:30、13:15→松本14:30、1:07→高槻(翌朝)9:00


大阪→猪谷         6600円(5400円+1200円)
猪谷→奥飛騨温泉口     400円
奥飛騨温泉口→新穂高温泉  1200円
新穂高温泉→山頂      1500円
沢渡→松本(白タク)    2000円(6000円/3人)
松本→京都         6200円(5000円+1200円)

合計           17,900円


気温:
1/15 2:00am 外:マイナス14℃ テント内:マイナス8℃
1/16 3:00am 外:マイナス12℃  テント内:マイナス8℃


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夏山 北ア 西穂高岳~上高地~奥穂高岳~岳沢    

期間:1986.8.8夜~8.13朝
参加者:母(71歳)、妻、志、文、Gramps          
8月8日・9日:
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ロープウェー山頂駅・西穂高口にて

晴天なれどガスがかかっている。
西穂高口より西穂山荘までは1時間のコースタイムのところ、
2時間30分かけてゆっくり登る。

とにかく山荘まで登って来れたので一安心。
山荘前に幕営。
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西穂山荘前キャンプサイト 

時間に余裕がある。
夜行の疲れを取るのにはゆっくり出来たので最高。母は山荘泊まり。
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記録:
大阪22:20 →富山5:04、5:53→猪谷6:45、6:47→奥飛騨温泉7:21、7:25→Taxi→新穂高温泉口8:30→ロープウェー→西穂高口10:50~西穂山荘13:25

8月10日:
2時起床、4時出発。
既に何組かのパーティーは出発している。

丸山に向ってヘッドランプの光の列が見える。
弟の文のお腹の調子が良くないようだ。
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丸山辺りにて

もう2~3回立ち止まっている。
この先を進めようかどうか迷う。

本人は行きたがっているので様子を見ながらゆっくり登ることにする。
母親は山荘周辺で待ってもらっている。
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1時間もしたら彼の調子も良くなってきたようだ。
独標手前で明るくなってくる。
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独標の登り

明神岳のシルエットが美しい。
独標には既に何人かが登っているのが見える。

5:30独標に到着。
太陽は既に出ているが、ここは明神岳の影で日のでは未だのようだ。日の出を見てから出発とする。
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独標にて

独標の下りも冬と夏とでは大違い。
難なく下れた。

ピラミッドピークには6:10着。
西側は雲の海。
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ピラミッドピーク

その雲の向こう側の乗鞍岳から派生の尾根より見事な雲の流れ落ちる滝が出来ている。
その流れ落ちる様は雄大である。

こんな光景を見るのは初めてである。
正に天空に大滝が現れた感じ。

時間を忘れしばし見とれる。

またピラミッド・西穂高間で2度もブロッケン現象を見ることが出来た。

ブロッケン現象に遭遇したのも初めてである。
子供たちもアルプスに来て初めての体験で興奮している。
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7:10目指す西穂高岳に到着。
残念ながらガスがかかり期待の槍ヶ岳は見えず。

10分ほど前までは見えていたとか。
余計に悔しい。

ここでコーヒーを沸かして40分ほど山頂の一時を過して下山にかかる。
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西穂高岳山頂

帰路はピラミッドピークで休憩をして、
独標では休まずに通過する。

この時間帯の独標の人の多さにはびっくりしました。
独標を過ぎてから登ってくる人の多さに2度びっくりする。

ここからは今までのペースも狂ってしまい、
のんびりと山荘までの下山となる。

テント地には9:45到着。
母が1人で待ってくれていた。
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西穂山荘(当時)

母はその周辺を散策していたとか。
コーヒーを沸かしてテントを撤収して上高地への下山にかかる。

7ヶ月前の1月半ばに下った情景を思い出しながらゆっくりと下るも、
その時の光景とは全く違って、全然分からない。

しかしその時の運命?の分かれ道の地点ははっきり分かった。
丸太橋を1度、2度渡り返した地点も、
それから尾根に登り返した地点もはっきり分かった。

夏道はやはりトラバース気味に付いていたのだ。
しかし雪の中ではあの道は危険である。

尾根に登り返したのは正解であった。
そしてビバークした地点の直ぐ手前に夏道はトラバースして出てきている。

感激したことにビバーク地点にあのペグと紐が残っていた。
そして自然現象のものを探したがこちらは見当たらなかった。
なぜであろうか?

戻って、この下りは超スローで下りる。
登山口に着いたのは???時であったか?記録忘れで分からない。
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上高地からの登山口

登山口より河童橋へ。
河童橋の字を見て、長男が次男に「なんと読むか知ってるか?」
次男は「コウドウバシ」と返事していた。

次男は巨人ファン。
河童橋の「河」は河野選手の「コウ」。

河童の「童」は児童会の「ドウ」だから「コウドウバシ」だそうだ。

とにかくその河童橋に着いた。
疲れました。大休止。
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河童橋(当時)

アイスクリーム、ジュース、ビールと飲み、
ここより小梨平のキャンプサイトへ。

何故か母親はホテルに泊まらずに今夜はテントに泊まると言い出した。

4人様テントに5人は無理。
必然的に私が外で寝る羽目になる。

外はゆったりしていて熟睡できた。
そうそう今夜は花火もしました。
子供と一緒は気を使います。
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小梨平キャンプ場

記録:
西穂山荘4:00~独標5:30~ピラミッドピーク6:10~西穂高岳7:10、7:50~ピラミッドピーク8:30~独標8:50~西穂山荘9:45、11:15~
小梨平???


8月11日:
今日から子供2人と私の3人の行動となる。
母親と妻は上高地周辺を散策。

4時起床。お茶漬け定食で5時出発。
静けさの上高地を父子3人で明神へ。
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明神岳

途中明神岳を眺めつつ、
近くの水鳥と遊びながら快調に歩を進める。

「明神池に寄ろうか?」
「別に…」と言う返事だったのでそのまま徳沢園に向う。

ここで15分ほど休憩。
いつもの山行とはペースを変えてできるだけゆっくり歩こうと今回は考えているが…
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徳沢園

徳沢園で日本人の男性と外国人の女性と仲良しなる。
彼らも今日は穂高岳山荘泊まりとか。
彼らは食事中だったので先に出発をする。
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新村橋

新村橋で明神岳をバックに記念写真を撮る。
横尾には7:30分に到着。

明神あたりで凄い勢いで追い抜いていったおじさんは横尾手前でペースダウンしたのか追いついた。
横尾でまたまた大休止。のんびりと行こう!
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横尾   右・槍ヶ岳、左・上高地

横尾へは何回来たことだろうか?
来るたびに感じが違う。山っておもしろいものだ。

横尾からは橋を渡って河原の道を、
笹の道を通り抜けて右岸に見える屏風岩を眺めながめ本谷橋へ。

屏風には何組かのパーティーが取り付いている。
いつか自分もあのように張り付いている姿を思い浮かべて一路本谷橋へ。

雪のときの本谷橋はどこにあるのか分からないが、
夏ははっきり清流の上に立派に架かっている。
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本谷橋

ここで休憩。急いで行っても同じこと。

ゆっくり山の美しさを、
山に来ているのだという実感を子供たちに感じ取ってもらおう。
そのためにも休憩が必要だ。

身の切れるような冷たい雪解け水で顔を洗う。
気持ちが良い。

後はその辺りの大岩の上で大の字を並べて寝そべり、
大屏風仰ぎ見るのはやすらぎの一時である。

30分ほど休憩して涸沢に向う。
雪の季節はここから沢通しに進むが、夏道は右岸に登ってトラバース気味に進む。

急登の後はだらだら登りである。

そろそろ疲れが出てきたのか弟の文が休憩を要求し出した。
水の流れが夏道と同じ高さになったところで大休止。

冷たい水に足を入れて疲れを癒す。
ここから涸沢まで30分位だろうか?

涸沢に向う人の中にバテはじめている人も出始めている。
我々は何とか涸沢に到着できた。
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涸沢ヒュッテの売店

ヒュッテでラーメンを食べて、
白出のコルを目指す。
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ヒュッテから見た涸沢テント村と涸沢小屋

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盆前のせいかテント村は超満員というほどでもない。
雪渓を横切ってザイテングラードに向う。
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テント村上部の雪渓

この登りは時間も十分あるので休み、やすみゆっくりと登ったが、
白出のコル手前で弟の調子が悪くなる。

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ザイテングラートにて

小屋に入って少しするとむかつきが始まり、吐き気がしてきて、吐いてしまった。
それから2時間ほど熟睡したらすっかり元気になり一安心。

(高山病だったかもしれない。処置は正しかったのだろうか?)。

天気は残念ながら小屋に着く前からガスがかかって一時雨の状態で
夕暮れの素晴らしい景色は見られずに終る。20時就寝

記録:
起床4:00、出発5:00~明神池5:45~徳沢園6:30、6:45~横尾7:30、7:50~本谷橋9:00、9:30~涸沢ヒュッテ11:25、12:00~穂高岳山荘14:55

8月12日:
2時起床。誰も未だ起きてこない。
外は少しガスっているが星は見える。

子供たちを3時半に起こして朝食をとり、
ヘッドランプの明かりを頼りに奥穂の登りにかかる。

急ではあるが子供たちも難なく登ってくる。
40分ほどで山頂に到着。
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奥穂高岳山頂

日の出の方角には少し雲がかかっているが日の出は何とか見られそうだ。
槍ヶ岳の方角は西から流れてくるガスのため穂先が時々見えるだけ。

ご来光だ。
早速シャッターを切る。山頂の気温は5℃。寒い!
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御来光

今まで切れていたガスが急速に周りを包み出してきた。
急いで歩を先に進めることにする。
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何度もなんども同じような形の支尾根を廻り込んで紀美子平へ。
前穂高へはガスが出ているため登らずに、そのまま岳沢へ下りることにする。

いつも思うことだが、
下りは、下っても下っても果てしなく続く感じがする。
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岳沢も同じでなかなかヒュッテに到着しない。

ヒュッテまでの道すがら時々ガスも切れ奥穂から前穂への道、
明神岳の眺望を楽しませてくれる。
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岳沢ヒュッテで大休止後、
再び上高地へ向けての下り。
逕サ蜒・033_convert_20120612140019 逕サ蜒・034_convert_20120612140036
当時の岳沢ヒュッテ

登山口に到着すると上高地を散策している人の多さにびっくり。

湿原帯の板張りの道を通って河童橋へ。
ここは山の銀座である。
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湿原地帯の木道

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六百山

散策している母と妻を子供が見つける。
小梨平キャンプサイトに戻って昼食を摂り、

テント撤収してバスセンターからタクシーで松本へ。
よくしゃべる運転手で松本まで退屈せずに行けた。

松本でお亀の湯に入り今回の山行も無事終りました。

記録:
起床2:00、食事3:30、出発4:00?~奥穂高岳4:55~前穂高岳への分岐(紀美子平)7:10?~岳沢ヒュッテ9:10~登山口11:00~小梨平~バスセンター→松本(夜行)→高槻(早朝)