大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

    京都府・皆子山

期間:1986年4月29日
参加者:Gramps、Ma鍋、Ta内、Hashi、他1名

京阪三条駅に着いたら予定していた人が来ていない。
5名で出かけることにする。

今日は地図読み山行で皆子山に。

バス待ちの行列が出来る。
臨時バスを出してくれるも、我々は運悪く1号車の最後になる。

平まで1時間立ったままになる。
ここで降りて皆子山登山道口に向う。

地図読み山行のため一般登山道を避け、
地図上でコースを決め尾根伝いに西に登る。

仕事道が付いている。
それを伝って高度を稼ぎ直ぐ右隣の尾根に移りそのままどんどん登っていく。

いつしか比良山の権現が見えてくる。
この辺りから右の沢も無くなる。

ここを右にトラバースして再び西へ登る。
ここより少し登ったら稜線に出る。

ここは切り開かれており眺めも良い。
比良山系を眺めながら休憩をとる。

武奈ヶ岳の頭も少し見えている。

ここより稜線は北西に向って伸びている。
林の横は切り開かれているが、
クマザサが生茂っているが進むのには少し邪魔しているようだ。

500mも進むと進路を北に取り、
一度下って再び西斜面をトラバース気味に登って行く。

一度東斜面に出て、
少し登るとそこは941m地点。

ここからは皆子山の山頂が良く見える。
山頂付近にはもう何人かの人が登って休憩をしているようだ。

大声で呼んでみたが声は届かないようだ。
この辺り虫が異常に発生している。

ゆっくり休憩も出来ないのが残念だが、
先を急ぐことにする。

一旦下り少し進んで再び小ピークを乗り越え、
最後の登りに掛かる。

頂上は木々におおわれ見晴らしは良くない。
南斜面が切り開かれているのでそちらで昼食とする。

ここも虫が多い。
昨年登った時は虫はいなかった。昨年は4月20日に登っていた。

同じ時節でも天気によってか、
年によってか虫の発生にこんなにも差があることは興味深い。

1時間ほど休憩して下山開始。
我々は帰りのバス乗車時間とアイゼンワークの関係で芦火谷を下りてバス停へ。

記録:
家6:20→京阪三条7:22→バス→平8:30 ~△941m地点11:25~山頂12:00、13:00~足尾谷15:00、17:05→バス→京阪三条19:00→高槻20:30

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蓬莱峡(中級2) 

1986.4.26夜~4.27                  

阪急宝塚21:05発のバスに乗り、現地の河原に幕営。
焚き火、網焼き、酒、ビールと続いたが体調を考え自重して23時過ぎに就寝。

それでも一部の人たちは2時頃まで飲んでいたようだ。

翌27日は5時起床。
ランニング、ストレッチをして6時半より朝食。
7時30分ゲレンデへ。

今日の課題は岩場でのバランス歩行と脱出訓練。

1) バランス歩行:講師T上さん、コーチK端さん、T中さん

  緩傾斜にてバランス歩行(登下降):
  基本的には平地を歩いている
  姿勢をそのまま傾斜地を登下降する様にする。

2) 墜落後の自己脱出訓練
吊りと岩接触している場合の2タイプを練習する

登高の要点:
先ず軸足(下足)に重心を乗せる。
前(上)に進めた足(上足)に直ぐに力を入れ登ろうとしない。

最初は軸(下)足に重心を置き(片足で踏ん張れる筋力を養っておく)、
少し膝を曲げた形で余裕をもつ。

次に上に登る状態を作り出し、
下足で押し上げるようにしてある程度のところまで体が上がったところから、

上の足に体重移動をしていく。
この繰り返しで登高していく。

下降の要点:
これも軸(上)足に重心を置き、
出した足(下足)の爪先が岩に着くまで膝を曲げていく。

身体は鉛直を保ち、
下側の足が着地したらそのまま体重移動を始める。

頭は斜面に対して並行に移動するようにする。

従って着地足は着地と同時に膝を曲げ始める
(ここで上足を下方へ移動する場合、下側の軸足が伸びきらないように注意する)。

この動作を繰り返して下降する。

以上
    滋賀県・霊仙山

期間:1986年4月20日
参加者:Gramps他3名

昨年3月漆が滝まで登って断念しているため再度訪れた。
総勢4名で車で上丹生まで入る。

上丹生からは小川に沿って米原浄水場へと進む。
ここより右に折れ5分で足谷橋へ。
昨年幕営したところだ。

杉木立の林道をだらだら登って行くと、
左に大きく曲がったところに
屏風岩が現れる。

道の曲がり具合といい、
岩の形といい丁度北アルプスの涸沢に行く途中の屏風岩に良く似ている。

この辺りは水も伏流となり、
石灰岩のデコボコ道を進むようになる。

どんどん高度を稼いでいくと、
いつしかまた水の音が聞こえるようになる。

何回か渡渉を繰り返しながら登ったところで漆が滝が現れる。
上丹生から丁度1時間半である。

ここで15分休んで、今度は滝を巻いて滝の上部に出る。
沢を詰めて10分~15分のところで右の沢に入る
(積雪期は真直ぐ行かないように注意がいる)。

なおも沢なりに登りつめていくとやがてクマザサに変わり、
やがて尾根道に出る。

そこから右に目指す霊仙がはっきりと見える。
山頂一帯はクマザサの山である。

ここで右折してクマザサのトンネルを一気に抜けて登りきると展望が開ける。
そこには立派な避難小屋が建っている。

ここから5分で経塚山(北峰)に到着。
山頂はドーム型の雄大な高原である。

山頂は風がきつく昼食は風を避けて摂る。
昼食後10分で本峰まで行き記念写真を撮って下山にかかる。

こんな山の上に池がある。おとらが池というそうだ。鳥居もある。

山頂から45分くらいのところに5合目の見晴台がある。
山頂からの景色のようにはここの見晴台からは望めない。

やがて汗ふき峠を右に折れて廃村を経て林道へ。
養鱒場までは意外と長く感じられる。

逆にここから上丹生までは短く感じる。

雨かもしれないと気にしながらの山行であったが、
天気も良くなり楽しく歩けた。

秋に一度、冬に一度再訪してみたい山である。

記録:
阪急上牧7:20→上丹生9:30~漆が滝11:00、11:15~稜線(分岐)11:50~避難小屋12:05~北峰12:10(昼食)~本峰12:45、12:55~見晴台13:40~上丹生15:30→高槻18:00
二上山~葛城山縦走(中級1) 

期間:1986.4.12夜~4.13                  

20:15 分近鉄倍野駅集合。
21:15分二上山駅に到着して、20分ほど二上山に登ったところに幕営。

我が班は欠席のSi水氏、明日参加のNi本氏を除いてコーチのAr木氏を含め5名である。
Tu井さんの持参してくれたビールと酒で11時半まで懇親を図る。

翌13日。6時起床。Ki村さん担当の朝食。
今回の献立はパン、サラダ、コーヒー。

7時からテントを撤収。
8時までストレッチを中心に身体をほぐして当日組を待つ。

今日はボッカでもタイムトライアルでもなく、
懇親ハイクのためゆっくりした山行である。

二上山々頂ではやはり200円徴収される。
ダイヤモンドトレールを登ったり下りたりしながら葛城山へ。

ここからロープェー(600円)で下りる人と歩いて下りる人に別れバス停まで。

15:50分のバスに乗り御所駅へ。
帰宅は19:00ジャスト。

今日の親睦ハイクは春の日の下のんびりした楽しい1日でした。
近畿ブロック搬出訓練       

期間:1986.4.5夜~4.6
                     
搬出訓練は誰にためにするのか?

ロックガーデン第2堰堤で近畿ブロック搬出訓練に参加する。
この種の訓練は回数を重ねるごとに慣れて自然に出来るようになるので、積極的に参加する必要がある。

午前中は技術講座を中心に、
午後は搬出実習を行った。

実習は風吹岩の少し奥の横池よりザイル担架によって
第2堰堤まで10人で搬出(送)する実習である。


たった1人の人間を搬出するのにこんなにしんどく、大変なものか。
普通に歩けば登り20分のところを1時間30分も要した。

負傷者を搬出することにより、
訓練をすることにより自分自身が如何に安全な登山を心掛けなくてはならないかを感じ取る。

搬出、搬送と言うと岩登りしている人たちのことのように思われるが、
縦走、ハイキングの人たちも絶対必要な訓練である。

搬出技術を習得するだけではなくこの訓練を通して
事故を起こしたら大変だという認識が高まるだけでも成果は十分ある。