大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

    北摂の山 明神岳、黒柄山、金毘羅山

期間:1985.05.26

晴れ。今日は比良山に行く予定であったが寝坊してしまったので、
予定を変更して北摂の山行きに参加させてもらう。

高槻の田能でバスを下車。
15分ほどで樫船神社。

鳥居の側に栂(ツゲ)の古木が目を引く。
幹は松ノ木に似ている。

それもそのはずマツ科だそうだ。
参道を少し進むと社殿。その前に立派な舞台が造られている。

北摂の神社には舞台が多くあるそうが初めて見ました。
この社は「女体御前本地大日如来」で女神の木像がご神体として奉られているそうだが中は見えない。

ここでお互い自己紹介をして出発。

高槻菖蒲園、動物霊園前を通って10分位したころ左に折れる。
かかから谷筋を北へ府境尾根を目指して登る。

道も良く踏まれており迷うことも無く尾根筋に出られた。
ここを左によって尾根筋を明神岳へと進む。

一度下って登ったところ(明神岳手前200mくらいのところ)に左(南)へのはっきりした道がつけられているが、
左折せずに真直ぐ(西)に進む。明神岳には10:40に着いた。

ここまでの尾根道は生茂る木々のため眺望がきかない。
明神岳の山頂も三角点があるもやはり眺望はなしである。

記念写真を撮って更に西に向う。
10分くらい歩いた辺りより右側(北)が急に開けて思わず全員立ち止まり景色を眺める。

ここから亀岡の市街、牛松山、愛宕山。地蔵山、三郎が岳が一望でき山に来た実感が湧く。
ここから10分鉄塔下で大休止。

ここから急坂を下り昇尾峠に出て林道を再び登り返す。
途中城山への道を間違え引き返しその後は林道をだらだらと登っていく。

黒柄山には関電の送受信塔が立っており、
頂上は5~6人くらい座れるスペースがある。ここも展望は利かない。

1時間ほど昼食休憩をとった後、
今登ってきた道を引き返す。

5分ほどした辺りでガードレールを跨いで雑木林の中へ。
この入口は林道からは見落としてしまいそうだ。

一旦入ってみると良く踏まれた道がちゃんと付いている。
少し行くと急坂になっていて10分ほどで鞍部に、
この辺りを勝手坂というそうだ。

ここを左に折れて道は下り一方となる。
途中に時季遅れの竹の子があちこちにでている。

やがて田んぼ道に出て、再び林道へ。
この辺りで少し迷う。

明智街道といっても今は開発され立派な?林道ができ昔の明智街道はもうズタズタにされてしまっている。
歴史も何もあったものではない。

暫く進んで岡山林道へ。
ここで早く帰らなければならない2~3人が左に別れ空谷橋へ向う。

我々は右にとって金毘羅山麓へ。
5年前に来たという今日のリーダは「様変わりに変わっており、山頂にいけるか心配」と。

しかし頂上へは到達できた。
ここの山頂の展望は素晴らしい。

風はきついが先ほど登った明神岳、黒柄山は勿論、東のほうの北摂の山またやま。
南は茨木、その向うの街までが見通される。

時間も余裕がなくなってきたのでゆっくりも出来ず下早々に山開始。

岡山林道を一路萩谷に向って進む。
金毘羅山より1時間45分で萩谷に到着。

25分休憩して摂津峡を経て上の口に17:45に到着。
本日の山行も無事に終了しました。

記録:
自宅7:30→高槻8:20→田能8:53~樫舟神社9:15~動物霊園9:33~明神岳10:40~昇尾峠~城山別れ12:00~黒柄山12:25、13:30~勝手坂~金毘羅山15:30~萩谷16:45、17:10~上の口17:45→自宅18:45
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    紀泉アルプス 雲山峰

期間:1985.05.19

曇りのち雨。
大阪府民ハイクで泉南沖空港建設に伴う土砂採掘による自然破壊がどのくらいなものか、
その候補地である山・雲山峰を訪れてみる。

山中渓駅より線路に沿って少し南へ行き最初の踏切を横切り山の中へと入っていく。
40分ほど登ると稜線上に出る。

ここからは稜線歩きで何回かピークを越えて進む。
各ピークはおよそワンピッチで登れのでそんなに疲れない。

11:20、雲山峰に到着。展望台はここより左折して200mくらいのところにある。
展望台を往復してから昼食とする。

少し下の公園で自然破壊反対集会があり、
30分程で終り下山開始。

下りは駅まで5.4kmと長くうんざりするところを、
気持ちを切り替え早歩き練習にする。 

記録:
自宅6:40→高槻6:50→山中渓駅9:10、9:25~雲山峰11:20~六十谷14:55、15:10~→自宅17:
    京都北山 八丁平と峰床山

期間:1985.05.18
参加者:単独

坊村中村にてバスを下車。
快晴絶好の新緑山行日和である。

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葛川中村学校前(伊賀谷入口)

学校前で服装を整えて出発。
伊賀谷の渓流に沿って30分ほど歩くと左右両俣の出合。に到着する。

ここに道標がある。右俣(八丁平)に向う。渓流に丸太の橋が架かっている。
この橋を渡り右俣を詰めて行く。

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左右両俣出合(右俣方面へ)

登りが急になってくる。
15分も進んだら大きな岩に出遭う。

そこで谷が2方向に分かれている。
ここは左を取って登っていく。

かなり急登になってくる。
水の流れもなくなってくる辺りより右に折れて尾根上を登る。

登りきったら左へ尾根をジグザグに登り詰めて行く。
登りきる手前で大きく左に巻いて登りつめると府県境尾根の乗越しに出る。

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府県境界尾根乗越

ここからは5~6分下ると丁字路に突き当たるりそこに八丁平の標識がある。
まさしく平らを思わせる平地である。

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八丁平

正面に小高い丘のような山・峰床山(970m)が座っている。
平らの周りはぐるっと丘が取り囲んでいるようになっており、
平らそのものが盆地のようになっている。近くでウグイス、ツツドリ、シジュウカラが思いおもいに囀っている。

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八丁平より峰床山を望む

緑の木々に囲まれた全く静かな別天地を築いている。
雪が積もったら湿原の木々の上を真直ぐに歩いて峰床山へ登れそうだ。

湿原地帯を廻りこんで峰床山の鞍部へと向う。
コルから10分くらいで山頂に出た。

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峰床山々頂(970m)

ここで比良を眺めながら昼食をしようと考えていたら、
どこからとも無く大きなアブが現れて威嚇を始める。

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山頂より比良山系・武奈ヶ岳、釣瓶山を望む

良く見ると一定の間隔を保って他にもいる。
縄張りがあるのであろうか?

そこに闖入したために威嚇行動されているのだろうか?
天気も良いのでここでゆっくりのんびりしようと思っていたのに残念だが写真を撮って退散することにする。

俵坂峠から下ってキャンプ指定地まで一気に歩いてそこで昼食とする。
今日は何故か朝から何も腹に入れていないのでかなりお腹が空いた。

山の歌のテープを流していい気分に浸る。
ゆっくり食事をして大悲山口へと向う。

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大悲山口バス停

最後の林道歩きはうんざりしたが、八丁平は素晴らしかった。
今度は秋と冬に訪れてみたい。

記録:
自宅6:00→京阪三条7:20→坊村中村8:40、8:50~左右両俣出合9:23~府県界尾根乗越10:04~八丁平10:10~コル11:10~峰床山11:20~コル11:36~表坂峠12:00~大悲山口14:00
    京都北山 魚谷山

期間:1985.05.11
参加者:単独

昨日は1日中雨であったが今日は快晴に恵まれる。
北山の魚谷山周辺は行ったことが無いので一度出かけて見ることにする。

一人でぶらっとという感じで出かけてみる。

松尾谷・直谷出合まで車で入り、直谷を詰めることにする。
工事中と昨日の雨とで道路はどろどろにぬかるんでいる。

ガイドブックでは直谷山荘まで1時間となっているが、
20分余で着いてしまった。

道路も完全に林道になっており地図ともちょっと違っているので新しい林道が出来たのであろうか。

この山荘を少し進むと林道がなくなっており、
そこの渓流を渡ると山道に変わる。

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直谷の渓流(その1)

雨の後の木々の葉は朝の光りを通して新緑に光っている。
そんな中の渓流の脇の小道を歩いていると心が休まる。

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直谷の渓流(その2)

渓流のせせらぎを聞きながら木木の下を歩くこと20分。
明るく開けたところ。

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校倉造りの麗杉荘

そこに麗杉山荘がある。
校倉造りの山小屋は森本次男氏の創建とか。

その校倉の間から蛇が顔を出していた。
この小屋の主であろうか?

窓を開けて中を覗いてみたら真っ暗である。
先ほどの蛇が出てきそうな気がしたので直ぐに閉めてしまった。

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オタカラコウ

小屋を後にして先に進む。
大きな葉・フキの大きなものかと思ったがオタカラコウだそうだ。

群生している。
15分くらいで滝谷峠への別れに到着した。

ここを左にとって、
少し登ると水流は無くなってしまい傾斜も幾分きつくなる。

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柳谷峠

登り詰めたところが柳谷峠。
そこを左にとって5分で魚谷山山頂。

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魚谷山(816.2m)山頂は展望がきかない。

山頂は小さな広場になっている。
雑木で眺望は出来ない。柳谷峠から山頂までは笹が多くあったのに、
山頂を過ぎたら笹は全く無くなり良く踏まれた道となっている。

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魚谷峠

尾根伝いに1つコブを越えて少し下ったところが魚谷峠。
ここから北へ・石仏峠に行くと予定であったが
足首が痛んだので中止して南に松尾谷を下って出発点に戻る。

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鴨川の起点

記録:
自宅7:30→車→雲ヶ畑出合橋9:00→松尾谷・直谷出合9:20~直谷山荘9:45~麗杉荘10:00~柳谷峠10:45~魚谷山10:50~魚谷峠11:05~松尾谷・直谷出合11:45→自宅13:35
奥穂高岳、北穂高岳・東稜(春山)
       
期間:1985.05.01夜~05.06
参加者:I藤滋、Ka藤龍、Ka川、Gramps

私のみ1日早く出発。
21:45発ちくま1号にて松本へ。

顔見知りの方3人と同じ列車になる。
彼らは東鎌尾根を登るそうで、松本までご一緒する。

連休の1日早く出たため列車は空いている。

5月2日:
新島々から上高地行きののバスは3台(180人くらい)でた。

6時5分定刻にバスは上高地に到着。
上高地への訪問は20年振りである。

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河童橋と明神岳

当時の感激が甦ってこない。
心がその先の穂高にあるためか、自問してみても答えは返ってこない。

この季節上高地は一面雪の世界かと想像していた自分を驚かせた。
夏と同じ雪など全く無い。

普通の雪の無い景色である。
6:25、上高地を出発し明神池に向う。

20年前は確か雨の中を一人歩いていたなあ。
なんて思いつつ進んでいるも記憶は全く残っていない。

雪を冠った明神岳を見ながら歩き、
1時間余で徳沢園に着く。

橋の近くで15分ほど休み、
新村橋では前穂の写真を撮り、横をに到着。ここで20分休憩。

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新村橋から前穂高北尾根を望む

横尾から梓川を渡り20分も歩いた辺りから雪が現れる。
屏風岩の威風堂々たる姿は圧巻である。

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横尾にて

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屏風岩東壁

横尾谷から涸沢に入ったころからザックの重さで少々バテ気味になる。

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涸沢谷入口からの前穂高北尾根

本日は涸沢ヒュッテまでの行程。
ゆっくり行けばよいのでだと言い聞かせながら登って行く。

12:45、ヒュッテ着。
やれやれである。

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ヒュッテから見たテン場と涸沢小屋

四周は前穂高、奥穂高、北穂高、屏風の頭に囲まれたカール。
登山者で賑わう銀世界の別天地である。

本日は小屋泊まり。
18時~20時ころまで同宿の人たちと歓談して就寝。

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ヒュッテ前の昼食風景
              
記録:
大阪21:43(ちくま1号)→松本4:03、4:20→新島々4:45、4:55→
上高地6:05、6:25~明神池7:10、7:20~徳沢園8:00、8:15~横尾9:05、9:25~涸沢ヒュッテ12:45


5月3日:晴れ。屏風の頭往復、最低コル~前穂北尾根~ⅤⅥのコル。
何故か山では何度も目覚めるのであろうか、
昨夜も3度ほど目覚める。

3:15、同じ部屋の人は誰も起きない。
みんなゆっくりしている。

そっと一人起き朝食の用意をし4:45出発。
小屋より少し下り、北尾根をトラバースしながら最低鞍部へと進む。

何度か尾根を越えながら進むと左前方に北穂高のその向うに槍ヶ岳が見えてきた。

いつしか朝日が背後の奥穂高の頂を照らしている。
最後の尾根を越えて大きく廻り込み急登したところが最低鞍部。

コルにはテントが1張りあった。

その向こう側・奥又白谷方面は朝日を浴び輝いている。
ここで15分休憩して屏風の頭を目指して進む。

ハイマツの生えた尾根を急登すると広いところに出る。
ここにもテントが1張りあった。

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犀の河原にて。後方下にテント村が小さく見える。バックは奥穂高、涸沢岳

涸沢をバックに写真をお願いする。
もうここからは、前穂北尾根、前穂高から奥穂、涸沢岳、北穂の稜線がパノラマのように広がる。

北穂東稜の向うには槍が顔を出している。
ここから一登りすると屏風の耳に到着。

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屏風の耳より屏風の頭を望む

涸沢側はすっぱりと切れ落ちている。
屏風の頭はここからヤセ尾根を急降下して両側が切れ落ちたコルを進んで再び登り返したところにある。

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屏風の頭。左遠方は蝶ヶ岳

屏風の頭に7:00に到着。
今日入山してくる仲間は午後1時から2時ころであろう。

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南岳、南岳東尾根と横尾尾根。中央に槍ヶ岳が見える。

まだ時間も相当あるのでゆっくりと過ごすことにする。
四周の景色をみて楽しむ。

東には蝶ヶ岳、常念岳、大天井。北には槍ヶ岳、そして西には穂高連峰。
いつまでも見ていても飽きない。

昨日屏風を登ったとか広島の2人パーティーが現れたので、
写真を撮ってもらう。

そうこうして1時間半ほど過ごし、引き返すことにする。

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屏風の耳への登り(頭からの帰り)

最低鞍部の所に着いたら荷揚げ用のヘリが通過していった。
ここから下って又ヒュッテまで登り返すのも面白くないので、
ⅤⅥのコルまで北尾根を登って帰ることにする。

ここからⅧ峰への登りは雪も柔らかくなってきており、
その上急登ときているため登るのに苦労をしたが30分程で登れた。

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Ⅵ峰をバックに(Ⅷ峰にて)

Ⅷ峰で20分ほど休憩して、
稜線伝いにⅦ峰を越えてⅥ峰へ。

Ⅵ峰はスリルがあった。
取り付き地点は急勾配で且つ凍っており氷壁状態になっている。

出っ歯のアイゼンでないため登るのに手を焼いたが、
幸いにもカッティングがしてありそれを足がかりに5mほど登り再び稜線にでる。

そこからは岩稜帯となり雪も付いていなく比較的楽に進める。
最後の登りは岩稜部を大きく右に廻りこまなくてはならないが、
スパッと切れ落ちており高度間抜群だが少々ビビル。

ここを過ぎ再度岩稜帯を登ったところがⅥ峰の頂である。
切れ落ちたそのはるか下に涸沢のテント村が見える。

高度感あふれる素晴らしい眺めである。
来て良かった。

10分ほどでⅤⅥのコルに到着。
ここからは涸沢へ向かって一直線と思いしや、

雪も腐ってきており膝まで潜ってしまい、意外と時間を食う。
涸沢には丁度12:00に帰れた。

靴も靴下もびしょ濡れになってしまう。
ヒュッテの屋根に干して乾くのを待つ。

乾いたところで今日入山してくる仲間を迎えに下りる。
数珠繋ぎになってどんどん入山してくる。
明日はどこに行っても混みあいそう。

記録:
起床3:15、出発4:45~北尾根最低鞍部5:55、6:10~屏風の耳6:45~屏風の頭7:00、8:40~最低鞍部9:15~Ⅷ峰9:45、10:05~Ⅵ峰11:05、11:10~ⅤⅥのコル11:20~涸沢12:00

5月4日:晴れ、奥穂高岳 Ka川さん、Gramps

昨夜もぐっすり眠れに何度も目覚める。
興奮しているからであろうか?

5時30分、I藤・Ka藤パーティーはⅤⅥのコルから北尾根縦走に。
我々は白出のコルから奥穂高コースで出発。

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出発準備のI藤さん

すでに多くのパーティーが登りだしている。
トレースを辿ってアズキ沢へ。

明日登る予定の北穂東稜のルートを見ながら、
またKa藤・I藤のパーティーを左下に見ながらザイテングラート手前の取り付き地点に6時に到着。

逕サ蜒・021_convert_20110917123516
休憩!

昨日登った屏風の頭の高さと同じくらいのところである。

涸沢のテントの数は昨日の2倍以上になっている。
10分ほど休憩して出発。

どこからか雷鳥の鳴き声が聞こえてくる。
白出のコルから飛来してきた雷鳥がどんどん近づいてくる。
思わずシャッターを押す。

白出(2983m)のコルには7:10到着。
奥穂へのはしご、涸沢岳、常念、北尾根と立て続けに写真を撮りながら後続のマリちゃんを待つ。

随分遅れて登ってきた。
奥穂高について足を見たら靴擦れで水膨れになっている。
さぞかし辛く痛かったことでしょう。

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白出のコルより前穂高北尾根のⅣ~Ⅶ峰

白出のコルからのハシゴの箇所は随分待たされた。
致し方ないでしょう。

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奥穂高への取り付き。


急登のため登り始めればぐんぐん高度が稼げる。ここを抜けると後は緩やかな雪の稜線歩きである。

奥穂高には9時前に到着。
標高3190mわが国第2の高峰である。

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奥穂高岳山頂からのジャンダルム

ここからは360度のパノラマが広がり、
のんびりとすごすことが出来一番充実した気分になれる。

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奥穂高の山頂にて(Ka川さん、Gramps)

西側にはスノーリッジの向うに迫力ある姿でジャンダルムが、
それより右遠方には笠ヶ岳。

北には槍ヶ岳その少し左に立山、剣。
又右には鹿島槍、五竜らしき山。

大きく目を左に転ずると遥かかなたに独立峰の白山連峰が、
また南西方向には焼岳、乗鞍そのずっと先に富士山のような形の御嶽山。

少し廻りこんで南稜からは東方向に蝶ヶ岳、常念岳、大天井ヶ岳と山やまである。

1時間半ほどゆっくり楽しんで下山にかかる。
やはりハシゴのところで長蛇の列となっている。

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奥穂高に登る人、下りる人で大混雑。その下は穂高岳山荘の屋根

40分ほど停滞してやっとコルに到着。
上で誰かが滑落したらこの混雑状態では一体どうなることだろう。思うと身の毛だつ。

時間もたっぷりあるのでコルでゆっくり休憩を取る。
山渓のお兄ちゃんがスナップ写真を撮りに来ている。

コルからはシリセードで下る。

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シリセードは道が出来ており弾丸道路のように滑れる。

15分で涸沢に到着してしまった。

がズボンから下着までびしょ濡れ。
テントの上に干して乾かす。

前穂組みはどんなんであったのかな?
白出のコルからⅢⅣのコルの行列状態を見るに
多分今夜はビバークは必至だろうと話をしていたら4時ころ帰還して来た。

聞くところによればⅣ峰登りで1時間、
ⅢⅣのコルで6時間待たされ、3時になってしまったので
(それでも前にまだ10パーティーは残っているとか)
本日中には帰れないのでコルから下りて帰ってきたようだ。

記録:
起床3:15、出発5:30~白出のコル7:10、8:10~奥穂高8:55、10:20~白出のコル11:15、12:00~BC12:15

5月5日、6日:晴れ、午後曇り。北穂東稜~北穂高→下山                     Ka藤、I藤、Ka川、Gramps

昨日の北尾根の混雑状況から本日は少しでも早く出る余手であったが、
結局スタートは5:10になってしまって昨日とあまり変わらない時間になってしまった。

北穂沢を他のパーティーと一緒に登る。

20分も登ったころ右足が冷たくなり30分も立つとしびれを感じるようになる。
アイゼンバンドの締めすぎのようだ。

少し緩めてみたら痺れは治って来た。
ゴルジュの横の台地上で10分休憩して、ここより一般道と別れ登稜に向かう。

デブリの跡のため適当な硬さがあり登りやすい。
それでも時々膝くらいまで潜る。

稜線間近の急登を登り稜線に出ると急に風が強くなる。
ここでハーネスを着ける。

先行しているパーティーもこの辺りより渋滞し始める。
ゴジラの背でつかえているようだ。

逕サ蜒・028_convert_20110917123740
やっとゴジラの背まで進めた。もう2時間経過している。

ここまでは徐々にではあったが進めたがここで全く動かなくなる。
相変わらず風が強いため、ヤッケを着込んで稜線の風下側で待機する。

寒くても天気が良いので周囲の景色を楽しむことが出来た。
2時間半待っていよいよ我々の順番が回ってきた。

ゴジラの背はそんなに難しいところではないが、
ザイルを張って大勢の人が通過となるとやはり時間が掛かってしまう。

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ゴジラの背をトラバース中

遅く来ればこのくらいは待たねばならないだろう。
通過したところで10分ほど休憩して頂上を目指して急登。

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ゴジラの背を通過しての休憩(待ちくたびれたとか)

トップはKa川さん、
昨日の靴擦れ痛は嘘のように本日はハイペースである。

11:50、頂の到着。
登ったら直ぐにガスってしまい眺望は全くなくなってしまった。
残念!

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ガスの中の北穂高山頂にて

山頂で記念写真を撮って直ぐに下山にかかる。
今日もまたシリセードで下山。涸沢小屋のテラスで昼食。

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今日のフィナーレ。涸沢小屋のテラスにて。なにわともあれビールで乾杯!

実は昨日から頭痛がしていた。
朝起きたときも未だ治らず。

今日は半日だから何とかなるだろうと思って出発したのだがBCに帰ってきてもより酷くなっている。
一所懸命に歩くと痛さが薄れる。

横尾に着いたらここで泊まるか、
それともこのまま泊まらずに帰るかを決めることとしてとにかく横尾まで歩いて見ることにする。

横尾に着く頃空模様が怪しくなってくる。
多分明朝も雨だろう。

着替えも濡れているし雨に遭ったら完全に風邪を引くだろうと思い
無理してでも今日中に帰ることに決める。

他のメンバーに無理を言って一人で帰させてもらう。
歩くたびに痛さで頭に響く。

とにかく無になって歩くのみだと自分自身に言い聞かせながら一所懸命に歩く。
何人抜き去ったことだろうか。

不思議と徳沢園辺りから頭痛が消えてしまう。
最近かぶれている大阿闍梨さんの心境になって痛みを通り越してしまったのだろうか?

とにかく歩ける力一杯で上高地まで歩く。

松本からはちくまに乗り帰阪。
家に到着と同時にまた痛みが出てきた。

食事を摂ってとにかく寝ることにする。
何時間寝ただろう?I藤さんが松本からわざわざ電話をくれた。

やはり昨夜は土砂降り、
今朝も雨の中を歩いたとのこと。

結果としては昨日中に帰ったことは良かったかも?

電話を終って再び床に。
今度は大汗をかいて目覚める。

身体もすっきりしていて頭痛もどこかに行ってしまっている。
風邪であったのだろうか。

明日は会社を休まずに出勤できそう。

記録:
起床3:00、出発5:10~ゴジラの背中7:10 、9:40~ゴジラ通過10:00~北穂高山頂11:50、12:00~BC13:00

BC14:00~横尾15:50、16:10~徳沢園17:00、17:05~明神池17:40、17:45
~上高地18:20、18:40→TAXI→松本19:40、1:07→ちくま→京都7:45→高槻8:30