大阪ぽっぽ会 会員・ Grampsの山行

岩登り、縦走を中心に春夏秋冬楽しんでいます。

ネパール・アイランドピーク(6189m)

日程:2003.09.24~10.18

参加者:Sas木さん(友人)、Hasi本ミさん(ぽっぽ会)、Tut谷さん(ぽっぽ会)、
Gramps(ぽっぽ会)。

ビン(ガイド)、テンバ(クライミングシェルパ)、ウォンディー(クライミングシェルパ)、ラビン(クック)、
ラクパ(キッチンボーイ)、キラン(キッチンボーイ)、サンゲ(キッチンヘルパー)、ニマタマ(ポーター)、ジュター(ヤク便ドライバー)、?(ポーター)(BCまで)

報告者:Hasi本ミ、(  )内Gramps、 
  写真:Gramps

9/24
大阪15:15-上海(経由)17:45-カトマンズ20:20(時差3時間)ホテル21:15頃着  就寝22:30~23:00

大阪で飛行機が2時間45分遅れ(12時半出発予定) 飛行機会社より1500円もらう。
飛行機でワイン飲んでよく寝る。

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機内食

空港で出迎えがすごい(恐ろしい・・・ 圧倒される)
車に乗る時、チップ要求される(必要?)

野良牛と野良犬が多いのにびっくり
ホテルはまずまず(シャワー・トイレつき)

関空で買った温度計を上海乗換え時座席へおいたままだったが、スチュワーデスが持っていて無事あった。

大阪⇒上海/ごはん、チキン照り焼き、パン、バター、茶そば、ケーキ、クラッカー、ジュース。 上海⇒カトマンズ/おかし(ピーナッツ)、ジュース
/ごはん、ダックなす、とりのサラダ、寒天のソースかけ、クラッカー、パン、バター、ジュース


9/25
起床 7:30  10:30 トレック会社でトレッキング手続き。13:00 両替 1万円⇒6300ルピー   就寝 21:30~22:00

カトマンズは思ったより車とバイク多く、入り乱れている。人力車も走っている。楽器を弾いて誘う人多い。30~40年前の日本みたい。夜シャワーするが、水しか出ずがっかり

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バサンタと夕食を

朝食(Hotel):食パン(バターつき)、オムレツ、バナナ、ポテト、紅茶
昼食(桃太郎) : 野菜チャーハン 。夕食(PIL GRIMS プリグリムス グナさんの娘の店):ダルバード(少し辛い)(ごはん、豆入りのソース(辛い)、チリソース、鶏肉、野菜(からし菜、カリフラワー)
      ビール(記念ビール)、果物(バナナりんご、パイナッツココナッツ)


9/26
起床 5:00  カトマンズ⇒ルクラ(飛行機 スカイライン) 7:35
宿泊 ルクラのロッジ「シェルパロッジ」  就寝 10:30


飛行機からの山並みがキレイ。無事着陸(すごい崖のところからの着陸 歓声が上がる)
荷物が3~4コ届いていない 次の便で到着?  天候不良のため飛行機が来ず。

ポーターは明日到着予定。朝 大阪のA部さんのパーティーと出会う。メラピークへ向かうらしい

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メラーピーク隊のA部(左から3人目)さん達と

夜 シェルパロッジの人から写真を見せてもらう。田部井淳子さんのサイン入り写真あり

朝食 : トマトとチーズサンド。昼食 : トマトスパゲティー。夕食 : 野菜ヌードルスープ、野菜モモ(ぎょうざのようなもの)

9/27
起床 6:00 ルクラ12:30⇒パグディン15:25。
宿泊 「KALAPATARロッジ(カラパタールロッジ)」  就寝 9:30


心配していた荷物は無事到着(10時頃)。
がポーター隊が到着していない。今日も到着しないらしい・・・。ガイドを残して、先にパグディンへ向かう。

12時半出発  マニ車の建物(?)や石にお経を書いたものがいくつかあり、左側を通らないといけないらしい。

旗が何ヶ所か張ってあった(宗教?)  ダリアがキレイ。(ルクラで大阪のMi本・Sa原隊と出会う)。

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左からMi本、この山行でお亡くなりになったSa原、Sa木、テンバ、Ha本、Gramps

朝食 : ジャムパンケーキ、野菜スープ、スクランブルエッグ、レモンティ。昼食 : ミックスピザ、レモンティ。夕食 : ?

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昼食

9/28
起床 6:00 パグディン9:00⇒チュモア11:10(昼食)~13:30-ナムチェバザール(3440m)16:10   就寝 21:30 (テント)

モンジョから橋を3つ程渡ってから登りがはじまる。
登りは少しきついが、ゆっくり登るとしんどくない。 

ダリアの花がとてもきれい。昼からガスがかかり、山の展望はなし。
今日からコックが合流し、朝食から作ってくれる。とてもおいしい

夜小雨が降る。雨の音と雨漏りと頭痛でほとんど眠れず・・・

※ ナムチェのインターネット代 1分20ルピー

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Tu谷さん、Ha本さん

朝食 : りんごパンケーキ、玉子、野菜スープ 。昼食 : 野菜炒め(青梗菜とにんにく)、大根炒め、ポテト、チャパティー、りんご入りチョコレートパンケーキ。夕食 : ダルバート(芋入り、野菜)、ポテト、スープ、りんごとバナナのチョコレート&パイナップルソース

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ネパールの常食

9/29
起床 6:00  ナムチェ8:10 - 飛行場9:40 - エベレストビューホテル10:40~11:45 
ナムチェバザール 14:00   就寝 21:30


今日はエベレストビューホテル((3870m)まで高度順応に)行く(シェンボチェ)。
あいにく昨夜からの雨が残り、天気は今ひとつ。

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ナムチェバザールを見下ろす

せっかくのエベレストの展望は望めず
肌寒い中、エベレストビューで紅茶だけ飲んで下山する。

立山りんどうやエーデルワイスに似た小さな花がたくさん咲いていてとてもきれい。

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リンドウ

日本の雲ノ平 スイス庭園のような風景 とても趣きがある。

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エーデルワイス

脈拍96前後(Gramps84)  テントをMi本さんたちはホテル泊のため交換してもらう(我々のテントは天井レースのため雨漏り)。

テントは快適だが、今夜もあまり寝れず。(この後交渉して新規テントを取り寄せ)

朝食 : 目玉焼き、チャパティー、食パン、おかゆ。昼食 : ランチ(チャパティー、ゆで玉子、チーズ)。夕食 : チャーハン、じゃがいもとカリフラワーのカレー炒め、キャベツ野菜、スープ。チャパティーあげ、もも、肉(ハンバーグのようなもの)、ケーキ

9/30
起床6:00ナムチェ9:00-キャンツマ(昼食)11:00~13:00-タンボチェ16:10
デボチェ16:45   就寝 21:30 (ロッジ)


今日は雨の中ディンボチェへ向かう。
小雨が降るが視界は思ったほど悪くない。

小さい花がたくさん咲いていて、それなりに楽しく歩ける。
大きな滝が右に見える。残念ながら、大パノラマは見れなかった。

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なぜか楽しそうな2人(Ha本、Tu谷さん)

今日はロッジ泊まりに決定。2日間あまり寝れなかったので、うれしい      
(新しいテントが到着)
夜中,
今日もトイレへ行きたくなり、2時に外でトイレする。霧雨が降っている。

朝食 : ヌードルスープ、チャパティー、ゆで玉子。昼食 : ちんげんさい、野菜(大根、キャベツ、にんじん)、じゃがいもカレー、スープ、もも。夕食 : チャウメン、キャベツ野菜、餃子、マッシュポテト、ベジスープ、バターブレッド、パイナップル

10/01
起床6:00デボチェ8:00-パンボチェ9:20(ミルクティー)-ソマレ(昼食)10:50~12:30- ディンボチェ 15:15(4410m)   就寝 21:30
朝起きると山が見える。

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アマダムラム(6856m)

ここにきてやっとエベレスト、ローチェを見ることができた。

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川で洗濯をしている家族

今日はトレッキングを始めて、初めての好天  花も美しい。
今ちょうどネパールの山は紅葉の季節のようで、赤く美しく染まっていた。

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一服のひと時(Sa原さん)

ボルダリングができる岩場で少し遊ぶ。
そのあと、Tu谷さんが(4200mで)高山病?にかかり、かなり苦しそう・・・(Grampsは4000m越えた辺りから後頭部左痛、30分横になったら完治。脈拍77)。

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高度計が4000mまでしかないため、以降表示せず。
夜中3時半頃トイレへ行くと、満天の星空。

アマダブラムが黒く浮かんでいる。
明日は晴まちがいなし 余り寝れず・・・

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ウンチを干して燃料にする

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僧侶

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僧侶とHa本(若い子を見ると直ぐに・・・)

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トレッキング道と放牧場

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トレイルはどこまでも・・

朝食 : フレンチトースト。卵とじ、スープ、チャパティー。昼食 : ごはん、ポテトクリーム、まめのスープ、青野菜いため、まめのクリーム、オレンジジュース。夕食 : スープ野菜もも、キャベツ野菜、ポテトフライ、青梗菜とツナのあえもの、マカロニクリームスープ

10/02
起床5:30ディボチェ8:15-Nangkar Tshang11:30~12:15(5080m)-ディンボチェ13:45 就寝22:30 (泊:マウンテンパラダイス)

今日は(高度順応)。山行中で一番の快晴
アマダブラムやチュクン、タウチェ、チョラチェ、そしてローチェ南壁などがよく見えてパノラマ山行。

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Sa木さんもはじめてカメラ撮影開始。
おやつにクッキーをもらう。今日はMi本さんたちと別れる。

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4800m頃から脈拍がかなり上がり、しんどい。
数歩のぼると少し休む。

頭痛はほとんどない。(Gramps 下山後頭痛、4時間後治る)
今日はTu谷さんも調子を取り戻し、元気になる。良かった。

帰ってから、洗髪と洗濯をする。すごく気持ちが良い。
久々ののんびりした午後だった。

朝食 : バナナパンケーキ、ガーリックスープ、ゆで玉子、ケーキ。昼食 : チャパティー、キャベツ、じゃがいもとカリフラワー、青梗菜。夕食 : ちゃうめん、青梗菜の卵とじ、野菜、キャベツ、ガーリックスープ、フライドポテト、ポテト焼き、アップルパイ

10/03
起床 6:00ディボチェ7:50-チュクン10:35(4730m) 
 就寝21:30(泊:アマダムラムロッジ(テント)


今日はディンボチェからチュクンまでの移動。

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ドイツ人団体トレッカーと

昨日はあまり寝られず、朝から体が重い・・・

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ちえとミキと??

今日も快晴。 
チュクンはすばらしいテント場で、アマダブラム、ローチェ、ヒマラヤひだの山々が見え、パノラマが広がっている。

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(Ha本さん以外昼食後、高度順応を兼ねて200m(2時間) upまで登って行ってくる)
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昼からの散歩はパスをして、一人テント場で寝る。
眠たくて、体はぐったりしているのに、少しも寝付けない。高度障害で寝られないようだ。

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ローツェ

夕食時はじめてアミノバイタルを飲む。
これで疲れがとれたらいいが・・・

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ローツェをバックに

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エーデルワイス

朝食 : ガーリックスープ、玉子、ごはん。昼食 : 野菜、ももの青菜入り、スープ、じゃがいも
夕食 : もも、野菜、いも、ピザ、スープ


10/04
起床5:30チュクン9:00-BC12:25(4970m)。 散歩15:20⇔17:00 就寝 21:30 

今日はいよいよアイランドピークBC入り。

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クックのラビンとロッジの息子・ロブサン(来日3回)

明け方5時過ぎトイレへ行くと、山があまりにもキレイなので、写真と写生をする。
チュクンはすばらしいテント場。

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B.Cまで3時間半 ゆっくり歩く。 凍ったようなエーデルワイスが咲いている
氷河後の地形で砂地の地面 標高5000mとは思えない景色

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BC(4670m)。遠くに見えるドーム状のテントはドイツのガイド登山隊のもの
今日は体も軽く快調。食欲も衰えず・・・
BCから高度順応に、HC方面へ(5325mまで)行く。

登りはやはりきつく頭が痛くなる。
BCはいかにも山のテン場らしい場所 (Headの大きいテントあり)

(GrampsはBC着、頭痛なし。高度順応に出たら頭痛大、BC帰着後18:30分頭痛治まる)

朝食 : りんごパンケーキ、オムレツ、まめのスープ。昼食 : チャパティー、まめ、ポテトとカリフラワー、ツナサラダ、ヌードルスープ。夕食 : チャウメン、いもとカリフラワー、スープ、マンゴー

10/05
起床6:00 BC9:00-AC11:20(5550m) 就寝 18:45 

今日も夜はあまり寝れず。体が重い。

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BC出発前のHa本、Tu谷、Sa木さん

BCからACへ移動するが、5500mは未知の世界
体がだるくて、昼食後テントの中で横になる。

体はとても疲れており、身動きができず・・・ しかし寝付けず。

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AC途中のGramps

いよいよ明日はアタック日  12:30起床  1:30出発予定
夜中脈をとると、120もある。結局今日も一睡もできず・・・

Gramps:20時就寝、21時頃呼吸が止まりそうになる。
寝ながらゆっくり大きく呼吸しても治らない。

起き上がったら楽になる。23時過ぎまでこの状態でいる。
そっと横になってみたら別状無く、3時まで眠れる。

それから5時までうとうと状態。起き上がったらまた楽になったので6時まで眠れた。
BCからAC(到着10分後脈拍77)までは頭も痛くしんどかった。(脈拍:午前2時:64)

朝食 : パンケーキ、スープ、オムレツ、おかゆ。昼食 : チャウメン、スープ。夕食 : ごはん、野菜スープ

10/06
起床23:00 AC1:00-雪田入り4:00-ピーク(6189m)7:30~7:50ーAC9:30 11:10-BC11:55 12:30-チュクン15:15  就寝 20:00(ロッジ)
0:30起床の予定がなぜか23:00起床  1:00出発に変わっていた。
今夜も一睡もできず、いよいよアタック日。夜半の行動に非常に不安を持ちつつ、行動。

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登頂を前に(Sa木さん)

日の当たらない行動の方が、頭痛がおきにくいとのこと。
Tu谷さん調子が悪く、途中(雪田手前)でACテント場へ。

雪田から体が軽くなり、アンザイレンしているにもかかわらず、どんどんいってしまう。

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ピークへの稜線

ユマールを使う登高はさすが傾斜がきつく、しんどい。
最後の頂上へのユマーリングは心臓が破裂するかと思うくらい、脈拍が上がる(180以上ある?)

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山頂 1つ手前のピークを登る

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ツララ

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山頂まであと一息

とうとう念願のアイランドピーク頂上へ立つことができた。

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山頂(6189m)に立てました

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山頂のHa本さん

<服装> 長袖下着(オーロン)、長袖ウールシャツ、フリース、シンサレートジャケット、半タイツ、下フリース(薄手)、ダブルヤッケズボン、靴下2足、厚手袋(手袋はオーバーミトンしなかったため、冷たかった)

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山頂に立つGramps

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ローツェ

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懸垂で下山開始(Sa木さん)

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懸垂中のHa本さん

(Gramps 日記)18:15就寝するも眠れず。呼吸激しく苦しくなる。
起き上がったり、横になったりを繰り返す。

起床時間が変更になり23時に起こされ、1時出発。
朝食はおかゆを頼んでいたのにおじやガ出てきた。しかし結構うまかった。

5700mでTu谷さんがリタイアー(ワンディーに付き添いを頼んで下山)。一緒に行けず残念である。
月明かりの下どんどん高度を上げ、雪線上でアイゼンを装着しアンザイレンして進む。

夜明け前の気温がマイナス10℃。寒い。
最初の雪壁はドイツ隊のフィックスが150mほどあり利用。

時間短縮が出来た。6ヶ月前と違い大きなクレバスはなく、楽に登れた。
また頂上直下のクレバス地帯も今回は楽に登れた。

ここの2地点はリードしたかったが、高度の関係と急いでいた理由でユマールで登る。
山頂は快晴ですばらしい景色を堪能できた。

下山は早めにしたが、体調が悪くなる。
昨夜、一昨夜の睡眠不足が影響しているのだろうか?BCに下りてきたら楽になってきた。)

朝食 : おじや(卵入り)。昼食 : 行動食 (チーズ、おかき、ビスケット)。夕食 : トマトスープ、チャウメン、野菜モモ、ピザ

10/07
起床6:30チュクン10:00-ディンボチェ12:30。  就寝 21:30 

昨夜はチュクンのアマダブラムロッジへ泊まったので(個室)、久々によく寝れた。

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チュクンのキャンプサイト

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ガイド、ポーター、クック、ロッジの息子と

(この日の朝 ヘッドランプを失くしてしまった 部屋に置き忘れて・・・)

Sa木さんのカセットとトランプ大会でのんびり過ごす。

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夕食時、アイランドピークお祝いのケーキをラビンが作ってくれる

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その後すぐテンバがナムチェから戻ってきてSa原さんの事故連絡を受ける。
今日の11時頃チョラチェへ登攀中落石を受けたらしい。

(実際はリード登攀中、ホールドにした岩・冷蔵庫大が剥がれそれとともに墜落した)。
Mi本さんがBCに下り救助要請をしたらしい・・・

朝食 : パンケーキ、スクランブルエッグ、スープ。昼食 : ?。夕食 : ?

10/08
起床6:00ディンボチェ9:00-チュクラ11:30。  就寝 21:30
 
Sa原さんの事故を受け、今後の予定を変更する。ロブチェへ行く予定をトクラ(ThoKla)へ変更。
Tuさんと私はトクラ泊まり、Sa木さんとGrampsはチョラチェのBCへ向かう。

朝ヘリコプターが飛ぶがピックアップできず・・・
昼からガスが強くなり、2時にヘリコプターが飛ぶ予定だが、難しそう・・・

2日間生存することは難しいとのこと  夕方から雨となり、悲しい一日となった。

※ スタッフとトランプで神経衰弱をしたら、すごく盛り上がってしまった。

朝食 : ?。昼食 : ?。夕食 : ピザ、シェルパスープ、マカロニサラダ、スープ

Sa原さんの事故
(Sa木、Gramps の行動)
みんなと別れて事故現場のチョラツェのBCに向かう。

ディンボチェ8:00~チュクラ10:40~チョラツェBC14:30

8:30~9:00:2機のヘリ飛来。20分位で引き返す。
30分後ヘリ1機、飛来するも引き返す。ピックアップが不可能のようだ。

BC:ルクラからヘリで来ていたHa氏と合流。
すでにガイドとMi本二人でSa木氏事故現場に向かっていた。

14:30:C1雪が降り始める。
15:00:BC・Ha氏とMi本で連絡を取る。Mi本:C1を出てC2辺りの現場に向かっているところ。

17:50:Mi本、Sa原さんのところに到着。肌は乾いている。目が落ち込みそこに水が溜まっている。18:10:3級くらいの岩場を登り返し、コルに到着。コルは怖くて滞在できない。
C1へのトレースははっきりしているのでC1に下りる。「気をつけて下りよ」「C1に着いたら連絡を入れる」と交信して待機。

18:40:大阪に連絡を入れるも電波届かず。
20:00:Mi本より入電「核心部のルンゼを通過した。後30分でC1に着くだろう。C1に着いたら連絡を入れる」

19:20:明日6:30シェルパ(5名?)出発。C1~C2工作を決定。ヒマラヤンレスキューについては到着後打ち合わせる)。
BCは17:00頃より雨。

20:13Mi本C1に到着。現在3cmの積雪。チリ雪崩3回。雪が降っている。新雪が積もると登るのは難しくなる。Sa原C2に上げられる。工作が出来ればC2から下ろすこと可能。(テントに入り再度連絡を入れる)。
20:50:人情で下まで下ろしたいが・・・降ろすとなるとぼろぼろ、雪崩の心配がある。明日日本に連絡をしてお母さんの希望を聞くことにする。

10/09
5:00:東京のお母さんに連絡するも連絡が取れず(大阪より連絡をしてもらう)。
降雪、雪崩の恐れも増したのでSa原さんを降ろすのを断念する。
レスキュー隊も断る。

6:00:Mi本に連絡する。Sa原さんの髪、パスポート他小物を持ってC1より下りてもらう。C1撤収はシェルパ3人で実施する。
8:15:シェルパ3人が撤収に向かう(雨)。

10:00:Mi本BCに到着。途中9:00にシェルパ3人に遭う。
14:00:シェルパ帰着。)

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チョラツェBCにて

10/09本隊
起床7:00チュクラ9:25-ペリチェ11:00。  就寝 21:30 

Sa原さんの事故のため、GrampsさんとSa木さんはBCとまり

※ チャン ・・・ ネパールの地酒

朝食 : りんごパンケーキ、オムレツ、スープ。昼食 : ?。夕食 : 

(10/10:Sa木、Gram隊
起床5:45、チョラツェBC・出発8:15-トクラ9:20、9:35ーぺりチェ10:45

朝晴れ。Sa木さん、ワンディーと先に出発。
15分後Hさん、クマールがヘリで飛び立つ。Mi本パーティーは遅れて出発。

Ha本、Tu谷さんは昨日トクラを出発してペリチェで滞在している。
朝方はチョラツェも見えていたがガスが掛かってしまい、やがて見えなくなってしまった。

我々か歩いている河原は風が強い。出発して2時間半でペリチェに到着して本隊と合流する。

10/10本隊
起床6:00  移動なし。  就寝 21:30

午前中、Sa木さんとGrampsさんがBCから戻ってくる。
事故報告を聞く。1時頃Mi本さんも戻ってくる。

少しやつれている。元気に振舞っているが・・・
昼からはトランプ大会 夜はネパールダンスパーティー。

朝食 : パンケーキ、シェルパスープ。昼食 : ?。夕食 : ポテト、野菜モモ、ピザ、スープ

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ちょっと陽気に

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クライミングシェルパ・テンバ(彼とはも3回目)

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まだちょっと調子が・・・・

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クックのラビンと

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調子が出てきました

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一番年上のポーター・無口だがやさしく親切

10/11
起床6:00ペリチェ8:10-パンボチェ(昼食)10:30~12:15-デェンボチェ14:30。 就寝 21:00

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カンテガ、タムセルクヲバックに

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途中の岩で30分ほどボルダリングを楽しむ

(快晴の下下山開始。ロブチェイースト、アマダムラム、カンテガ、タムセルクが美しい。
ローツェ、ヌプツェが次第に後ろにと遠ざかって行く。

アイランドピークもまだ少しだけ見えている。
まだ4000mの高度なのに、往きと違い息が全く切れない)

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アマダムラム(母の首飾り)

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テンバとラビン(いつもおどけて見せる楽しいお二人)

テェンボチェに着くとガスの中
ガスの合間からエベレストを望むことができた。

朝食 : りんごパンケーキ、ごはん、スープ、オムレツ。昼食 : ?。夕食 : ?。

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ラビン特製ちえちゃんのケーキ


10/12
起床5:30テェンボチェ8:20-テシンガ(昼食)10:10~12:30-ナムチェバザール14:45  就寝 21:30

朝5時半に起床し、カメラ撮影へ
エベレストのすばらしい景色とテェンボチェの寺院のお参り?風景を見ることができた。

テンバが今日から大阪のHさんのメラピークパーティーと合流することになり、今日でお別れ

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夜ネパールのテレビを見た。
コマーシャル(コカコーラ、ラックス石鹸)、ニュース、歌のベスト10など
なかなか面白かった。

※青梗菜のいためもの:バター、塩、チキンスープの素、ガーリック、ちんげんさい、たまねぎ、にんじん

朝食 : カリフラワーのおかゆ、パンケーキ、スープ。昼食 : カリフラワーの天麩羅、ヌードルスープ、ポテトチップ、カレーポテト、青梗菜のいためもの(美味しい!)、にじます缶詰 夕食  

10/13
起床5:30ナムチェ7:30-タメ11:10~12:30-ナムチェ15:15   就寝 21:00

今日はタモを経由して、タメまでのハイキング
タメは静かでとても景色がよい。(ネパールの桃源郷?)

パルチャモ(山)はここから入ってBC入りするとのこと
今日の夕食は8種類のおかずとケーキの豪勢な夕食だった。

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タメでのひととき

※ ムスタンコーヒー: コーヒー、米(茶米)、ウィスキーを混ぜたお酒、バター、シュガー。 (米をバターで炒めて、ブラウンにする)

朝食 : スープ、おじや、パイナップルパンケーキ。昼食 : ランチ。夕食 : ピザ、チャウメン、じゃがいも、野菜、じゃがいもコロッケ、肉、スープ、ケーキ、カリフラワー

(タメ手前は川の流れなど日本的情緒をかもし出し、周りの山々は雪を被っていてすばらしい景観である。
しばし時を忘れさすすばらしい場所である。)

10/14
起床6:30ナムチェ8:40-チュモア10:50~12:30-パグディン14:30   就寝 21:00

今日はパグディンまでの下り 

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吊橋

行きに昼食を食べた同じ場所で昼食をとる。

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お疲れ?一番タフなSa木さん

遠い昔の出来事のようだ。
コスモスがきれいに咲いている。

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パグディンへ到着後、日本のテープを聞く。
五輪真弓の曲がこころよい。

朝食 : ごはん、ラーメンスープ。昼食 : 青梗菜の卵とじ、青菜炒め、もも、じゃがいものカレー煮、トマトソースまめ。夕食 : カリフラワー天麩羅、フライドポテト

10/15
起床6:00パグディン7:50-ルクラ10:50。   就寝 23:20

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パクディンのバッティーの子供たち(長女が面倒を見ている)4月に来たことを憶えてくれていた

今日はトレッキング最後の日

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ルクラでの昼食

夕食はすごく豪勢で、特にチキンの照り焼き(テンドリーチキン)がとても美味しかった。
ビールを買って飲む。

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ルクラのロッジの娘さん

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ワンディーとポーター(ありがとございました)

朝食 : おかゆ、パンケーキ、卵。昼食 : まめの天麩羅 ほか。
夕食 : チキン照り焼き、ピザ、野菜モモ、フライドポテト、青梗菜の炒め物、チョーメン、ケーキ 他


10/16
起床6:00ルクラ 8時過ぎ-カトマンズ 9時頃到着   就寝 22:30

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お別れ。お世話になりました。ルクラにて

久々の日本食(一太)を食べた。
ごはんと味噌汁、豚肉いため とても美味しかった。

朝食 : ヌードル、パンケーキ。昼食 : 一太 (豚肉のみそ炒め定食)夕食 : RUM DOODLE (牛肉ストロガノフセット、ピザ、ラザニア)

10/17
起床 6:30  カトマンズとパタンの観光 就寝 22:00
夕食はパサンタさんの家で招待を受ける。
家は賃貸で4世帯が住む。3階建5室ある。

賃貸料 400$/月 光熱費込み(光熱費700~800ルピー)
ネパールではかなり高級な暮らし。奥さん22才 とても可愛らしい。

お父さん60才 とても品がある。

(タクシーをチャーターしてボダナート→パシパティナート→パタンを9時から14時まで見学。Tu谷さんは体調悪くホテルで休養。チャーター代:1500Rs/5H)

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ボダナートのネパール最大のストーパ(仏塔)

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パタンのクリシュナ寺院

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パタンのマハボーダ寺院

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バサンタ一家

朝食 : ドーナツ、卵(オムレツ)、ポテト、チャー。昼食 : カフェ・デ・パタン (ウェジタブルストロガノフ)。夕食 : バサンタさん家での招待  ダルバート、ビール

10/18
起床7:00  出国23:45
(昨夜から胃が痛む。朝下痢。ロイドさんのバイクに乗せてもらい病院へ。
前回もカトマンズ帰ってきたら下痢をした。

2時間点滴をしてもらう。23時45分カトマンズを後にする)

朝食 : チャー、りんごジュース、目玉焼き、トースト、ポテト。昼食 : 一太  野菜いため定食 夕食 : 一太  にら玉いため定食

10/19
(11:15関空着ー15:00帰宅
薬の効果か下痢は止まっている。帰宅して風呂に入って寝る。20時起床)。

ロッククライミングスクール(RCS)のパイオニア・大阪ぽっぽ会の28年目(2008年)のスクールは10月19日(日)と25日(土)の2回です。詳しくはぽっぽHP又は登山店のチラシをご覧ください。締め切り7日、8日中に振込みに延長。
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ネパール   アイランドピーク(6189m)   

期間:2003.04.02~03.04.27              
                             ぽっぽ会 Gramps


カトマンズ4月2日夕刻到着。今日と明日でこれからの予定を打ち合わせして買い物を済ませる。a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/t/o/y/toyotakayamajinsei/001-1_convert_20090914215257.jpg" target="_blank">001-1_convert_20090914215257.jpg
カトマンズでの定宿にて朝食

4月4日:飛行機でルクラへ。

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18人乗り飛行機の操縦室・女性操縦士(右)

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ルクラ空港にて・

ジリからのポーターが途中の雪のためまだ到着していない。パクディンへ出発。

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ルクラ~パクディン間の段々畑

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ちょっと休憩

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クーンビラ

前方に雪と岩のクーンビラがきれいに見える。就寝時あんなにきれいに見えていた星空も午前2時には激しい雷雨となる。昨夜と同じパターンだ。

4月5日:

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朝食

雨も止んで曇り空。

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ゲート・入山手続き

今日はナムチェバザールまで

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前方の山・コンデ

昼頃より晴れてくる。ゆっくりゆっくり歩く。コンデ、コンデリが白く美しく輝いている。

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コンデリー

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パクディンからの最初の吊橋

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ジョルサレのバッティーでBabとTomy

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サブガイドのナラヤン

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Bab、Tomay、Narayann、Gramps

途中遠くではあるがエベレストが雄姿を見せていた。初めて見るエベレストにはそれなりの感慨が湧いてくる。

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エベレスト

4月6日:

今日は高度順化を兼ねてシャンボチェ(3800m)を往復。
見下ろすナムチェの街はすり鉢状の段々に家が並んでいる。シャンボチェからの眺めは素晴らしい。
クーンビラ、チョラツェ、タボチェ、ヌプツェ、エベレスト、ローツェ、ローツェシャ、アマダブラム、カンテガ、タムセルク、クスムカングル・・・覚えきれない。

016・・スョ・暦セゑスェ縲・セ
チョラツェ、ダボチェ

017・ア・擾セ
アマダムラム(母の首飾り)

018・カ・晢セ・スカ・橸ス、・
カンテガ、タムセルク

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エヴェレスト、ヌプツェ、ローツェ、ローツェシャー

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エヴェレスト、ヌプツェ、ローユェシャー

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エヴェレストビューホテルの窓に映ったアマダムラム

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ナムチェバザールを俯瞰

下山する頃より頭痛が始まるも20時頃なくなる。
Babさんは寝る前から気管支が痛くなりゼイゼイ音がしていて殆ど眠れなかったそうだ。
朝方から回復。
ダイアモックスを飲んだせいか手足がピリピリする。それに5回もトイレに行く。

4月7日:
昨夜Babさんの体調が悪かったので今日は少しだけの移動としてキャンズマまでとする。
ゆっくり歩いても2時間半の行程。

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エヴェレスト公募隊の荷

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全員で休憩

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幕営準備

キャンズマからもいろんな山が眺められ素晴らしいビューポイントである。昼食後2時間の昼寝を取る。きれい好きなTomyさん早速洗濯を始める。これで風邪をひいたとか。

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ケーキを作ってくれた。

4月8日:

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今日はデボチェ(371m)まで
この行程は一旦100m下って600m登り返すコースのためバテないようにゆっくりゆっくりを心掛ける。

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カモシカに出遭う

毎度のことだが雄大な山々を眺めながらのトレッキングである。
雪をハットのように冠ったカンテガ、背後にはコンデ、コンデリが大きく構えている。
プンキテンガの吊橋では下ってくる数十頭のヤク、牛、ゾッキョのため10分も待つ羽目になる。

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つり橋を渡ってくるゾッキョ。

ラリーグラス(石南花)もあったがこの辺りではまだ花は先のようだ。600m登り終えたテンボチェで昼食。ローツェ、エベレストが見えこの辺りで最大の寺院のある丘である。

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テンボチェ(3860m)。

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テンボチェの大寺院の前で。Tomy

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テンボチェ・エヴェレストをバックに。
Bab、Guna、Gramps


ここからジャングル(森林)を通って少し下ったところが今日の宿泊地である。

4月9日:
ディンボチェ(4357m)までが今日の行程。
デボチェを少し過ぎた辺りからアマダブラムの美しい姿が見え始める。
今日も我々はゆっくりゆっくり歩く。Tomyさんのコンディションがよくない。

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パンボチェ(3930m)での休憩・ナラヤン、オイサル、Tomy、Bab、ドゥル

私も少し頭痛を感じる。昼食を取ったShomare(4019m)を過ぎた頃から天候が悪くなってきた。
風も冷たくなり、時々小雪交じりとなる。

ディンボチェ(4400m)に到着して、我々はしばしストーブの前で暖を取る。

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ディンボチェにて。ドルジュ、ナラヤン、ドゥル、Gramps、オイサル、Tomy

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ディンボチェからのアイランドピーク(6189m)

Tomyさんの状態が依然よくならない。
心配だ。グナさんが特別な薬だといって丸薬をくれた。これはナムチェでBabさんにくれた薬と同じ物のようだ。
「キャンズマの日陰で洗濯したのが悪かった」と「Tomyぼやき節」がでる。

4月10日:

一日休養日にする。Tomyさんの調子良くない。
日程を考えてカラパタールを断念してアイランドピーク1本にする。
Babさんとガイド2人、付き添い1人の合計5人で少しだけアップの散策を楽しむ。

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ディンボチェの丘にて。タムセルク、カンデガをバックに

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同程度の高度に滞在していても高度順化はできるみたい。
Tomyさんの調子良くなく彼女は小屋で寝ることにする。
明日も一日停滞するかも。

4月11日:
チュクン(4730m)まで進むことにする。

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ビブレへの道

アマダブラムの雄姿がいつまでもついて来る。

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前方にアイランドピークが見え始め近くなったり遠くなったりする。
左前方には8000mのローツェ、ヌプツェが迫って来る。
右前方は6000mの無名峰の連山が一大スクリーンを作りそのヒマラヤ襞が魅了させてくれる。

宿泊地・チュクン(4730m)で昼食後時間もあるのでBabさんと順化を兼ねて上に行ってみる。
雪も降り出し視界もないので4800mで引き返す。
Tomyさんは相変わらず調子悪くソファで休息。

4月12日:
ナラヤン、デゥルガとBab、Grampsの4人でチュクンリ(5550m)まで高度順応にでかける。
登るにしたがって遠くのマカルーが大きく見えてきた。

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マカルー

ローツェがまさに目の前にてな感じ。ヌプツェもやっぱり大きい。チュクンリの頂上からの眺めは抜群であった。

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チュクリン(5550m)のGramps

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山頂では頭痛なかったのに下りてきたら始まった。シャンボチェと同じ症状だ。やはり時間差高度障害があるようだ。Babは全く好調そのもの。Tomy依然調子悪し。「明日はその辺を散策する」ということはもう一日停滞か。

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チュクンンのテントサイト

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ティーハウス前で。元気そうに見えるTomyではあるが・・・

4月13日:
今日はBCまでの高度差(200m)が少ないので行ける所まで前進することにする。

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いよいよBCへ向けて出発

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ビスターリ(ゆっくり)!ビスターリ!

晴天の下ゆっくりとベースに向かう。

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ビスターリ!

風強し。体調を良好に保つためには晴れていても絶対に体を冷やさないようにすること。

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これがコーラ(川)?まるで平原。Babとグナさん。

追い風強し。下着、中着、上着、雨具でも決して暑くない。4時間半でベースに着けた(4970m)。

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BC設営

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安全祈願

057BC・サ・晢セ・セ假ス、・鯉セ橸スッ・
サンチリ、ブッダダン、ダンバル。

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鳥に餌をやるグナさん。

夕食後今後の打ち合わせを持つ。4時頃より翌朝4時頃まで雪。

4月14日:
明け方より天気好転、星も出て快晴となる。B.Cは白銀の世界となる。

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ベースから西方を望む。

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揃いぶみ

ハイキャンプ(5600m)へ出発。

Tomyはハイキャンプまで来て一旦BCに戻って明日再度ハイキャンプに入ることにする。
到着してみると、そんなにしんどくないのでここで泊まる事にする。

ピークハント用具と今日寝るためのテント等を取りに帰ってもらう。
ポーターの早かったこと2時間で戻ってきてくれた。

反面今日はBab、Grampsともにはめちゃめちゃしんどかった。

4月15日:
いよいよ今日はアタックの日。
昨夕より雪が降り続き出発間際に止んだ。一面銀世界でプラブーツを履いての出発となる。

途中雪のため2~3度ルートが分からず時間を取る。雪のリッヂのところでアイゼンを装着。
ヒドンクレバス用にアンザイレンで進む。落ちた時果たして各自が確保体制が出来ているのか不安になる。

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クレバスを避けて右に大きく回りこんで登る

やがて雪原も過ぎて急な登りになる。大きく口を開いたクレバスに出会う。何度かフィックスされたロープを取るべくトライを重ねたが取れず、持参してきたロープをつかって登ることになる。

大きく右に回りこんでスノーリッヂを乗り越える。後は60度くらいの雪壁を4ピッチ登る。高度の関係で一歩一歩がホンマにしんどい。


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頂上まであと一息

頂上である。ほんまの頂上はもう少し上のようだが・・・クレバスに阻まれてそれ以上は無理のようだ。登った他のパーティーに聞いてもここまでのようで、ガイドたちでここまでと決めているようだ。

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ぽっぽ会旗で登頂を祝う

とにかくここまで登れたのだ。良かった!


目の前にはローツェがたちはだかっている。ここより2000mも高いのだ。8000mを登るって一体どんなもんか想像が出来ない。

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返り見したアイランドピーク。また来いよと言ってるみたい。

とにかく2人のガイドのパワーはすごい。写真をとってあまーい感動に浸って下山開始。


ハイキャンプまで2時間余り、ここで1時間ちょっと休憩してBCにおりる。

4月16日:
Tomyさんの調子今日も悪く予定のディンボチェまで行かずにてチュクン止まりにする。夕方よりまた雪

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チュクンのティーハウス

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サーダー・グナさんと

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4月17日:デボチェまで。

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ディンボチェからのアイランドピーク

何度もなんども振り返ってみる。ディンボチェでながーいながーい昼食タイムごスニーカーに履き替えデボチェへと向かう。

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岩壁で遊ぶ?カモシカの群れ(右上・はっきり見えませんが・・・)

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アマダムラムへの道(橋)。バンボチェ手前

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デボチェ~ソマレ間の路

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チョルテン(Bab、Tomy、Guna)

久し振りにながく歩いた。頭痛も無く、息切れもせず4000mを歩けるようになっている。
夕食はモモとピザそれにアイランドピークを祝して手製のケーキと最高でした。

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デボチェで料理中のコック・ラビン

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コック助手のヴゥルジー

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登頂おめでとうケーキ

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英国隊のテント(後方はコンデ、コンデリー)

4月18日:
ナムチェバザールまで。デボチェ~テンボチェの高度差160mは意外と楽に登れた。

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テンボチェにて

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テンボチェからの下りでは往きには咲いていなかったラリーグラスが色とりどりに咲いているではないか・・・10日間でこんなにも違うものか。

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ブンキテンガの下り。ラリーグラス(石楠花)

キャンズマ手前からトレーニングを兼ねて速足でナムチェへ。Tomyさんの調子がやっと戻ってきた。砂埃でBabさん気管支の調子が悪そう。

4月19日:
日程が余ってきたのでパクディンまで。
ナムチェの土曜市場を見学。人、人、人である。ありとあらゆるものが並べてある。
昨夜キャンプサイトの横にいた山羊も今朝はここに肉として・・・・

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ナムチェバザール(1)

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ナムチェバザール(2)

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ナムチェバザール(3)

ジョルサレで昼食、パクディンには2時につく。

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バクディン

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バクディンの子供たち。
私以外みんな姉妹弟です。一番上の女の子が世話していました。

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子供たちは文字にすごく興味を示していました。

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踊りが好きで上手です。

ここの子供たちとマダルにあわせて踊る。上手い!彼らは小学生である。授業の中にダンスがあるそうだ。

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夕食はナムチェで仕入れた水牛の肉のハンバーグ。少し硬いが美味い。それにスパゲティーとポテト。Tomyさんの調子良。やはり高山病だったのか?

4月20日:
日程調整で1日休養日。
午前中洗濯、読書。午後子供たちと上のゴンパまで散策。
上に登ってびっくり。
街道筋にしか家はないものと思っていたがそこには家はもちろん田畑があり麦や、ジャガイモが植えてあった。

夕食後レセプション。
マダル、笛に合わせてネパールのダンスや歌をうたって楽しく過ごす。もちろん酒もあり。
彼らのエネルギーには恐れいいる。
彼らはやはり小さい時から踊りの機会が一杯あるようだ。

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先ずは一杯飲みながら。マサンに合わせてこれから始まる。

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4月21日:
ルクラまで。時間があるので昼食がやたらとながくなる。
今日もテント泊の予定が雨のためロッヂ泊に変更。久振りの屋根の下で寝る。

4月22日~26日:帰国日まで日程が空きカトマズでゲレンデに出かけたり市内観光したりして過ごす。

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アサンの市

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皆で近くの岩場に行ってクライミングを教える。

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以上

2009年ぽっぽスクールのお知らせ
ロッククライミングスクール(RCS)のパイオニア・大阪ぽっぽ会の29年目(2009年)のスクールは10月4日(日)と18日(日)の2回です。詳しくはぽっぽHP又は登山店のチラシをご覧ください。


2002年秋ネパール山行報告登れなかったメラピーク、クスムカングル
               でも楽しかった  ぽっぽ会 Gramps
                                

期間:10月30日(水)~11月24日(日)

行動計画

10.30(水):関空→カトマンズ
10.31(木):準備
11.01(金):カトマンズ→ルクラ~チュタンガ(3410m)
11.02(土):チュタンガ~チャットラ峠(4375m)~ザトルラワ峠(4500m)~チュリカルカ(4100m)
11.03(日):チュリカルカ~ゴーテン(3580m)
11.04(月):ゴーテン~タンナン(4300m)
11.05(火):タンナン~クスムカングル偵察(5400m)
11.06(水):タンナンで休養日
11.07(木):タンナン~カーレ(4500m、メラピークBC)
11.08(金):カーレ~C1(5400m)
11.09(土):C1~メラピーク登頂(6450m)~C1
11.10(日):C1~カーレ 休養日
11.11(月):カーレ~タンナン(クスムカングルBC)
11.12(火):タンナン~クスムカングルC1(4900m)
11.13(水):C1~C2(5600m)
11.14(木):C2~クスムカングル登頂(6367m)
11.15(金):予備日
11.16(土):予備日               Gramps:C2~タンナン(下山開始)
11.17(日):予備日               Gramps:タンナン~コーテ
11.18(月):Sk原、My本C2~タンナン(下山開始) Gramps:コーテ~チュリカルカ
11.19(火):Sk原、Ky本:タンナン~コーテ    G:チュリカルカ~ルクラ
11.20(水):S、M:コーテ~チュリカルカ    G:ルクラ→カトマンズ
11.21(木):S、M:チュリカルカ~ルクラ     G:カトマンズ
11.22(金):S、M:ルクラ→カトマンズ      G:カトマンズ
11.23(土):S:カトマンズ            G、M:カトマンズ→
11.24(日):S:カトマンズ→バンコック      G、M:→関空
11.25(月):S:バンコック→
11.26(火):S:→関空

実行動
10月30日(水)晴れ
起床6:30、出発8:20、関空10:30着、
関空発12:30、上海14:50、16:40、カトマンズ22:45(19:30現地時間)、ホテルダイナシティー20:35。

見送りに来てくれた3人さん有難うございました。出国検査でMy本のはさみが引っかかりぎりぎりで乗り込む。上海では機中で1時間も待たされる。到着予定時刻より1時間15分遅れでカトマンズへ到着する。

国際線は新築されていた。出口でSk原さんとサーダのラクパさんが迎えに来てくれていた。例の荷物に群がり無理やり運んでチップを請求する人たちがいなくなっていた。

マオイスト対策で警備も厳重になっていた。あちらこちらに軍隊が銃を持って立っている。そのせいで彼らも空港に近づけないようだ。

ラクパさんとホテルへ。ホテルに近づくとMy本が嬌声をあげる。なんと指定のホテルの隣が彼ののお友達のフジゲストハウスではないか!

4人でタメルのレストランに出かけモモとピザ、ビールで先ずは乾杯、 B打ち合わせ。23時帰還、24時就寝。日本時間ではもう3時15分。今日は約21時間行動したのだ。

10月31日(木)
 今日は1日準備の日、ベーカリーの屋上テラスで朝食(140ルピー)後、カトマンズの高級スーパー(ブルーバード)をSk原さんに案内してもらう。
さすが何もかも揃っていて小奇麗である。とはいえ日本の普通のスーパーと同じくらいであるが、ここで行動食を手配する。

レジで並んでいたら平気で横ハイリをする。そういえばここに来る飛行機の中でもトイレに並んでいたらネパール?の子供たちが横ハイリを平気でしていた。

この国は順番に並ぶということがない国なのか?さすが高級?スーパーかそのようなことはさせないようにしていた。

ホテルに帰って明日からの準備をする。ラクパさんが私の寝袋(マウンテンクイックのウルトラライト羽毛量550g、45000円)を見て「これは駄目だ、寒すぎるといって明日良いの持って来てあげる」。

本人はこれで充分と思っているのにそう言われると心配になり思わず「お願いします」といってしまった。今日一日のんびりと過ごす。

夕食はMy本モの要望でピザとビール(200Rs)。

11月1日(金)晴れ、夕方ガス 

起床5:30、出発6:00、空港6:40、離陸10:00、ルクラ10:30、出発13:20~2900m地点13:50~3000m地点14,17,14:25~トッリンマ15:08、15:40~チュテンガ16:00

朝早くからラクパさんと奥さんが迎えに来てくれていた。飛行機は霧のため2時間半待って出発。
乗客は我々4人のみである。まるでチャーター機である。左にヒマラヤの白い峰々、スチュワーデスが山の名前を教えてくれるがみんな忘れてしまった。

飛行機はやがて谷間に降下していき一本の筋(滑走路)めがけて着陸。なんとその滑走路は水平ではなく、かなりな上りの傾斜が付いているではないか。

昨年までは舗装もされていなかったとか。飛行場の周りは鉄条網が張り巡らされ、一部に戦闘用の土嚢が積まれている。
出口には機関銃の引き金に指を掛けた兵士が睨みをきかしている。が余り緊張感を感じない。

周囲ののどかな風景と人々ののんびりした動きがそうさせるのか。空港の北北東に白いたおやかな山コンデリが輝いている。

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ルクラ Skさんと

ヒマラヤンロッジで昼食を取る。なかなか出発しない。本当にゆっくりしている。(実は予定していたポータ達が前のトレッキングで疲れて殆ど帰ってしまったため、当地で急遽再手配していたためと後で分かった。)

ガイド2人、日本料理のできるコックとキッチンボーイ2人、ポータ16人の21人プラス我々3人の大所帯である。

ビスターリ、ビスターリ(ゆっくり,ゆっくり)は休憩地でたっぷり休憩して、歩くときは速く歩くのがビスターリかと思えるほどに速く歩く。
途中で3回休憩して今日の宿泊地チュテンガについた。

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チュテンガのSkさんとMyも

テントは4人用に1人で寝る。下敷きマットの上に5cmもあるウレタンマットを敷き、貸していただいた温かそうな寝袋(モンベルのダウンハガー#0)。なんと贅沢な旅なんだ。

キャンプ地には学校が休みとかで12歳の人なつこい少年ダワ・チリくんがいた。いろいろネパール語を教えてくれるが私の発音が気に入らないのか何べんも何べんも言い直させる根気の良さには参ってしまった。

今日の夕食はビーフン・サラダ風とダルバットを併せたような料理を作ってくれた。

2:40 テント内温度:2.8度、脈拍数:73
5:00 テント内温度:1.9度,


11月2日(土)晴れ

起床5:30、朝食6:30、出発7:40~3610m地点8:10、8:30~3745m地点8:50~カルキデン(3940m)9:20、10:00~4125m地点10:30~4275m地点10:57、11:05~チャットラ峠(4375m)11:25、11:55~4330m地点12:00~4380m地点12:19~ザトルラワ峠(4500m)12:45、13:30~チョルテン(ケルン)14:00~チュリカルカ(4100mバッティー)14:20

6時にキッチンボーイが紅茶と洗面用お湯を持ってきてくれた。
テントから顔を出したら谷の向こうの山が朝日に照らされ白く輝いている。聞いたらヌンゴルとコンデリだそうだ。

朝食を終え7時40分スタート。我々のパーティーとは別に鬚をはやしたジーパンスタイルのおじさんが一人加わっている。

彼はサーダのラクパさんとある高い山に登ったとか言っていた。ザックの中はビールとのこと。
タンナンにバッティーを所有しており、そこに行く途中とのこと。

05・カ・呻スキ・・セ橸セ昴
カルキデンのニマ君とダワ君

彼の子供たちもホリデーでタンナンにいるそうだ。9時20分カルキデンのバッティーに到着。
そこにも子供がいた。ニマ君12歳。下のバッティーのダワ君とお友達とか、それに妹のダワちゃん3才の2人。

丁度これから登っていく先に太陽が出始めたときニマ君が「ガムアヨ」と叫んだ!「なんだ?」と聞いたら「Sun’s coming」と返事。

06・・スャ・ッ・・セ怜ウ
チャトラ峠で(ラクパとテンバ)

第一の峠チャットラは見晴らしのよいところだ。写真をとったりして大休憩。この辺りから高度の影響が出始めて来たのかもしれない。
皆はまだ休憩しているが自分だけ先に出発をする。

チャットラ峠より今日の最高高度ザトルラワ峠まで高度差125mを2回休憩して、50分掛かって登っている。
それでも峠ではボルダリングを楽しんだりする余裕はあった。

07・・セ假スカ・呻スカ縲∵揄_convert_20091120153816
お疲れのGramps。 チュリカルカにて

ここからは下り400mのみ。途中で「カルカ」(石積みを四方にして夏の間放牧に来た村人が泊まるところ)を教えてもらったりして、14時に今日の宿泊地チュリカルカ(4100m)に到着。

10・・セ假スカ・呻スカ縲∽クュ・
バッティー(中央がダグサン)

今日は1200m登って400m下る強行軍であった。ポーターたちは元気だ。1時くらいまで歌っていた。夜、頭痛,腰痛で一晩中眠れず辛かった。

11月3日(日)晴れ

起床5:30、出発8:00~タットバッティー(3735m)10:20、12:00~3250m地点12:30~コーテ(3580m)14:30

今日は腰にチタンテープを張ってもらい、空荷で歩く。
下りばかりと思っていた今日のコース、最初は4000mの高原状をトラバース気味にかなり歩き、その後急降下して3000mをトレッキング。

タットバッティー(3750m)でまたまた長ーい昼休み休憩。昼寝をしたら頭痛も治まった。
高度が下がったせいかも知れない?休憩後は河原まで只ただ下るのみ。

15・・スョ・ー・抵セ昴
チョーメン ラクパ

河原につけば後は登りもなく、次の宿泊地に着くと思いしや、なんと河原を高巻きのアップダウンが3回も、しかも普通の高巻きではない。

高度障害の出ている私にはまいりました。My本もこれにはしんどいと言っていた。
元気なのはSk原さんだけ。14:30やっとコーテに着いたって感じ。

とにかく途中の大休憩(ビスターリか知らないが)には慣れていないせいか参ってしまう。
16:30から17:30まで休息。今日もポーターたちは愉快に歌っていた。どこかよそのパーティーで諍いがあったみたい。

11月4日(月)晴れ

起床5:30、出発8:05~昼食11:07、12:30~4000m地点13:05~コンバ(4040m)13:40~バッティー14:10、14:15~タンナン(4300m)、19:30就寝

16・
タンナンから見えたキャシャー

今日も空荷で出発。高度順応が遅れているのか歩くのが辛い。
止まればそのしんどさは無くなり普通の状態に戻っている気がする。

途中でキャシャーとクスムカングルが見える。思わずシャッターを切る。またまたながーい昼食の時間である。

17・
タンナン

やっぱり休憩は良いが、その後の出発が辛い。無理を言って先に出発をする。タンナン(4300m)に着いた時は相当疲れていた。

ポーターのニマさんたち4人が今日までなので挨拶に来て下山して行った。夕食も余り進まなかった。

11月5日(火)晴れ
Sk原さん、My本君はラクパさん、テンバ君と4人で計画どおり高度順応を兼ねて5000m迄クスムの偵察に出かける。

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ゴーテンでのポーター達

調子思わしくないので1日休養することにしぶらぶら過ごす。ゆっくりと下のバッティーまで下ってみる。対岸の山のセラックが大きな音と共に崩壊した。

たった高度差100mの登り返しがとても辛い。俺は何しに来ているのか分からなくなってくる。
ポーター達は金を掛けてトランプでマージャンのような遊びに夢中になっている。

ガスが出てきて山は見えなくなってしまった。彼らは大丈夫かな?すると大音響と共に雪崩れる音。一瞬びっくりしたが方角がキャッシャーの方なので一応安心。
3時過ぎに彼らも帰還。My本も少し頭痛。

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ゴーテンのバッティー

夜に入ると一段と調子悪くなる。頭痛、咳き込みが激しくなり、呼吸をする度に気管支辺りで水の流れるような感じになる。

20m先のトイレに行くのに2回も立ち止まって呼吸調整をしなければならない。トイレについたらしゃがみこんで呼吸調整でトイレどころではなくなってしまった。

呼吸が落ち着いたらやっと用ができた。下痢であった。一体どうなることか不安が頂点に達する。

11月6日(水)晴れ 

起床6:00、タンナン(4300m)出発9:15~ゴーテン(3580m)14:30

今日は計画では休養日である。鎮痛剤が切れるとまた頭痛がする。
このような状態で上に行ったら危険と判断して下山することに決める。

下山と言っても今の体調であのザトルラワ峠(4500m)の標高差1000mが越せるか不安である。しかし行かなくちゃどうしょうも無いのでとにかく行動開始だ。

2人のポーター(ダワ君20才、ダクサン君19才)に荷物を持ってもらって、何度も何度も休みながらゴーテンに着いた。

頭痛は鎮痛剤のせいか余り無い。咳は咳止めを飲んでも一向に止まらず苦しい。
ゴーテンの広場にはロープで前と後ろにくくられた人がうずくまっていた。

村の女が棒で彼を叩いている。もう立ち上がれないほどよれよれである。

聞くところによると一つ上のタンナンで盗みをしたとか。タンナンからここまで引っ張られてきたのだ。なんと後ろ側のロープを持っているのは往きに一緒だったあの鬚のジーパンのおじさんではないか。

向こうも私を認めて一言二言。夜を徹して彼をルクラに連行するとのこと。
その周りには暇なのか、国民性なのか分からないが5~6人の付き添い?が連れ持って行く。

10歩くらい歩いてはへたり込む彼を一体どのようにして連れて行くのか?この寒い夜をどう過ごすのか?不思議でならない。

へたくそな英語で聞いてみても英語で答えてくれる人がいないので想像するばかりである。それにしても彼はプラスチックの空の10リットル缶をザックと一緒にぶら下げられていた。

その缶を周りの人は棒でどついて脅して歩かせていた。10リットル缶は何なのか?
そんなことよりも自分はこれから大丈夫なのかとふとわれに返る。

11月7日(木)晴れ

起床6:00、朝食7:00、ゴーテン(3580m)出発8:00~3250m地点~タットバッティー(3735m or3670m)11:40

夜中2時頃からまたまた頭痛、連続的に咳が出て腹の筋肉も痛くなってきた。
頭痛は鎮痛剤が切れるとくるようだ。咳による全身疲労は応える。
鎮咳剤を飲んだら一時的に止まるも今度は薬のせいか胃が痛み出した。

今日からは日本食も食べられない。朝食はヌードルスープ(インスタントラーメン)にしてもらう。
3回のアップダウンで最低地点3250mにやっとの思いで着いた感じ。

相変わらず咳と頭痛がする。一度咳が出ると5~6回続き、その都度頭にびんびん響きどうしょうも無い。

25・
タトの60歳の女性

最低地点の河原からはいよいよ峠に向かっての登りである。
とにかく休み休み登るのみである。いつか峠を越えれば楽になることを頭に描いてもくもくと登る。

2人のポーターがものすごく気を遣ってくれているのが嬉しい。休憩ごとに行動食のチョコを分け合って食べたり、少しでも気が紛れるように話し掛けてきてくれる。

28・
僕についてくれた2人のポーター・ダワ・ダマンとダクサン・シェルパ

11:40分タットのバッティーに着いた。
ポーターの2人が今日はここで泊まることを提案してきた。私の状態を判断してそうしてくれたと思う。

ここは往きの昼飯休憩した場所である。予定はチュルカルカであったが、考えてみればチュルカルカは4100m、ここは3600~700mだから体には楽だ。それにこれから400~500mも登れる体力も残っていない。

ということで彼らの提案を受け入れてここに泊まることにする。明日の行動をどうするか一応考えてみた。
明日は長距離になるがなんとしても4500mのザトルラワ峠は越さなくては体は楽にならない。
4000mを切るカルキデンまで頑張ってみよう。

このバッティーは19才の青年が一人で切り盛りしている。食事まで時間があるのでポーターと3人はトランプで賭けを始めた。

と突然3人がトランプを止めてドアの方に駆けていった。
何事かと思って私も入り口に駆け寄ってみると下のほうから何人か登って来た。

私には全然聞こえなかったが彼らには何かが聞こえたのだろう。
わたしも耳は悪い方ではない。ということは彼らは我々よりも数段聴力が優れているということか。

おばあちゃんとその孫たち4人のパミリー(ファミリー)である。(ネパール人のFの発音はPの発音に聞こえる)。

29・
タットーからの夕焼け(イマール山)

彼らは今日タンナンからここまで私が2日(8.5時間)掛けてやってきたところを1日(8時間)で来たとのこと。(60才、16才男、14才女、12才女、11才男)。

明日はルクラまで行くと言う。タンナンから2日である。(私は4日かかった。通常3日必要とサーダのラクパ氏は言っていた)。

その夜は彼らと歓談できた。14才の乙女は日本語が好きで習っているそうだ。
驚いたことにこの家族はあの鬚とジーパン姿のおじさんの家族ということだ。全くの偶然なのか?

11月8日(金)晴れ

起床:6:00、タット(3700m)出発:7:40~休憩(8:15)~3975地点(8:40)~4100m地点(9:15、9:30)~峠、4200m?ルンガ・デオラリー(石積と旗)10:05~チュリカルカ(4100m)11:10、12:50~チョルテン(4215m)13:25、13:35~ザトルワル(4500m)14:23、14:30~チャットラ峠(4440m)15:175:30~4240m地点16:00~カルキデン(3940m)16:30

朝起きたら鼻血が少し出た。首の後ろが凝っている。
今日の行動予定はチュリカルカに泊まらずにカルキデン迄行きたい。

チュリカルカは4100m、カルキデンは3940mと低位にあるため楽な気がする。
そのためには4500mのザトルワル峠は厳しい(峠を越えなくてはカルキデンには行けない)。

一人先に出発する。いきなりの急登である。ゆっくりゆっくり登る。背後の雪を冠った山が朝日に照らされ美しい。

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4100mの峠から望む

30分後に出たポータにすぐ追いつかれてしまった。件のパミリー達はまだ食事中だとのこと。
後頭部が依然痛む。咳も止まらない。咳をする度に頭にびんびん響く。

チュリカルカで少しだけ休憩して早く4500mの峠を越したいと思っていたらポータ達がぐずぐずして出発する気がなかなか無い。

よくよく問い質してみるとバッティーのお嬢さんがたにここで泊まらないのならば昼飯を食べていって欲しいと頼まれていたのだ。

「そんならそれと早く言わんかい」てなことでここで昼食とする。1時間40分の大休憩。

いよいよザトルワル峠越えにかかる。ゆっくりゆっくり登って1時間30分で峠に着く。
この辺りよりガスが出始め霰も舞う天気になってきた。

峠の小屋は閉まっていた。最後の峠・チャットラ峠(4440m)を越えたら(北面)は一面の雪の世界となっていた。

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峠にてダワと

ポータの一人が軽アイゼンを付けろといって貸してくれた。
彼らは私のピッケルとバイルを1本づつ使って降りる。

アイゼンを付けなくても降りれたが彼らの気持ちに感謝。それにしても頭が痛い。今日の宿泊地に16時30分到着。

ニマ君とダワちゃんはもうそこにはいなかった。学校が始まるので下山したとか。
ご夫婦2人がけであった。今夜もヌードルスープ(日本のインスタントラーメン)を頼む。
それにジフィーズで作った五目飯を入れて食べる。おいしかった。

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チュリカルカの娘さんの髪洗い

11月9日(土)晴れ

起床5:45、出発8:05(3940m)~チュタンガ(3410m)9:00~トクデン(3330m)9:15、9:30~ナブコ(2960m)10:30,11:00~ルクラ(2804m)11:30

出発時点では頭痛が無かったが、トクデン辺りで再発。咳は相変わらず出る。咳をすると後頭部下から首の後ろが痛い。

ナブコのバッティーで写真をとったりしてゆっくりする。ルクラのヒマラヤンロッヂで泊まる。
時間があるのでポータがバザールを案内してくれた。
その中の一つの店に2日前にタットのバティーであったパミリー(ファミリー)の14才のお嬢さんが友達と一緒にいた。

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ナブコ/2490m地点

あの時彼女はすごく快活で日本語が好きだから勉強していると言っていた。
その彼女に挨拶をすると<少し照れたような顔で、私はあなた達なんか知りませんよ>てな顔をしているではないか。

これにはびっくり。2人のポータにたずねたら間違いなく彼女だと言う。
彼らポータ達もあんなに親しく話していたのに避けるように彼女から遠ざかる。
これはどういうことなんでしょうかね?

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ナブコのバッテイー

夜はホテルの食堂で大勢のイタリア人団体の中で3人で食事をして自分の部屋に戻る。

11月10日(日)

起床5:30、出発ゲート6:30、フライト9:15→カトマンズ10:00→ダイナースホテル10:30

ルクラ7時30分初予定が9時15分になる。遅れてあたりまえとう感覚に段々なってきた。不思議と腹が立たない。

カトマンズの空港で荷物を待っていたら事務官がネパール事情をいろいろ話してくれた。
日本への空港券の変更(23日から13日)に付いて聞いたら絶望的だとの返事。

23日のフライトも5時間遅れになっているよとのこと。とにかくRA(ネパール航空)事務所に行って直談判がベストと教えてもらった。

ホテルでラクパ(サーダ)さんの手紙を渡して、ホテルからアイスランドトレック(エイジェント)に日本への航空券の日程変更を依頼する。

食事に出かけ14時に帰って回答を聞くもエイジェントからの返事なし。3時に再度問い合わせてもらったら空席なしの返事。

ホテルでエイジェントの場所を聞いて出向いて聞いたが、パソコンを打ってみてやはり空席無しの愛想の無い返事。

航空券を返してもらい一人でRAに出向く。4時前に到着。カウンター嬢に変更以来をお願いするとパソコン見てそのまま、奥の部屋に行きなさいと指示される。

これでOKかと思ったら奥の部屋の女性係官もまたパソコンのキーを叩き始めた。
そして「満席です。23日まで駄目ねー。オーバーブッキングもあるくらいだからねー」。

それを聞いて愕然となる。とにかく「高度障害だ、喉が駄目だ、一刻も早く帰国して日本の病院に入りたいから・・・」「明日も来ます、明後日も来ます」・・・と必死で訴えていたら、隣の男の係官がやおら受話器を取ってどこかに電話しだした。

電話の内容から女性係官はこちらに向かってにこっとしてくれた。あっ!これでうまくいった。と男性係官が航空券に変更日を記入してスタンプを押してくれた。

何度も何度も御礼を言って退室。最初にお願いしたカウンター嬢にも挨拶したら、航空券をチェックしてにっこりしてくれた。

ホテルであった豊中市の方と夕食を共にする。モモ、チョーメン、ビール。久し振りに美味しく食事ができた。ホテルに帰って洗濯して就寝。明日から3日間マウイスト主催?のゼネストが始まる。

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カトマンズの朝(屋上)

11月11日(月)晴れ

起床7:30、就寝22:00

ゼネストのため空いているレストランが無い。一軒だけパン屋が開いていた。その屋上のカフェテラスもやっていたのでそこで食事を取る。
いつも賑わうであろう朝食時に今日は外国人が2~3人いるだけであった。

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カトマンズのビルの屋上には屋外レストランが沢山ある。

9時からOka氏(豊中の人)と郊外のスワヤンブナート寺院に歩いて出かける。
彼は5日前にガイドとタクシーで行っているのにまた付き合ってくれた。カトマンズのあの喧騒が嘘のような静けさである。

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スワヤンブナート

途中大きな家の前の道路に赤い花をつけた大きな木があった。丁度その家から青年が出てきたので木(花)の名前を尋ねると「知らない。おじいちゃんに聞いてくる」と言って奥に入っていった。

しばらくして「カルキー」という名の木だと教えてくれた。彼は「ゼネストも見方によったら良いですよ。排気ガスもないいい日ですよ」と言っていた。

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スワヤンブナート

およそ1時間で目的の寺院についた。寺院には子供が沢山いて案内する案内すると言っては付きまとわれた。
また女性が何種類かのペンダントのよう装飾品をしつこく売りつけに寄って来る。

何故かみんな同じものを売っている。値切れば際限なく?下がってくる。
一体いくらなのかさっぱり分からない。Okaさんはとうとうその一つを買う羽目になってしまった。

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スワヤンブナート

急な階段を上り詰めたところに白い塔ストゥーパが立っている。
その周りには大小のお堂や塔が立ち並んでいる。勿論タルチョーもはためいている。

帰り際にトイレに入ったら少年が駆けつけて来て20ルピーを要求された。
高いといったらここに書いてあると言った所作で指し示す。
確かに書いてあったその数字は今にも消えそうな薄くて、控えめに書いてあった。ぼったくりめ!

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スワヤンブナート

昼飯は庶民の行く店がいいということでアイスランドトレックの近くの店でモモ2、チョーメン2、ビール3本を2人でたべる。

その後、彼がブルーバード(高級スーパー、Sk原さんに教えてもらった)を見たいということで散歩しながら行ってみるもストのためクローズドされていた。

4時にホテルに帰る歩きつかれたのでひと寝入り。
7時に目覚め夕食をあさりに町へでる。体調は段々良くなるも咳が止まらない。ゼネストで多くの店が閉まっており通りは暗い。

一人であるくのは不気味である。数少ないオープンしている二階のレストランでまたまたチョーメンで軽く夕食を済ます。

11月12日(火)晴れ、夕刻雨

起床:7:30、チェックアウト11:30、パサン宅11:45、21:00→空港21:30、22:00→ホテル22:15

朝食後通りを散歩するも店は閉まっている。土産も買えない。

今日はOkaさんのガイド・パサンが家に招待してくれるということで全然関係の無い私もちょっと気がひけたがご相伴に預かることになる。

ホテルに迎えに来てもらいタクシーで彼の家に向かう。
パサンの奥さんは日本人で今は日本に帰っている。彼は32才。
16才の従弟サンゲ君(大学を目指している)もアルバイト兼見習いでいた。

2人で手料理を作ってくれた。その料理でビールを飲みながらネパールのいろんな話が聞けた。

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ガイド・パサン。手掴みで食事をする習慣。

途中2時間ほどOkaさんと市内インド領事館の先(東)の探訪に出かける。
彼が急に催してきたため店先にちょっと飲み物がおいてあるところに駆け込む。

入り口は高さ1.8m、幅1.5mで20cm角の木に薄青色に塗装されたの門のようになところだ。
中は薄暗く普通ならばとても入る勇気が湧いてこない店である。

ただでトイレを借りるのもと思いぺプシーコーラを1本買ってそこにあるテーブルの椅子に腰掛けて彼を待つ。

目が慣れてきて奥が段々分かってくると、私がいる部屋の向こうには多くの人がたむろ?して酒やら何やらを飲んでいる。
入り口では何か煮炊きしている。それを思い思いに皆が注文しては飲みながら歓談しているのだ。

こんな暗いところでと思ったが、電力事情と彼らの目のよさからなんの不便を感じないのだろう。そうだここはわれらの日本でいう居酒屋なんだ。

そうこうしていたら彼が帰ってきた。「紙が無かった」彼も持ち合わせてなかった。
トイレの中は真っ暗である。手探りしてたら洗面器みたいなものがあった。

液体が入っていた。水である。それを使って始末してきたそうだ。でも洗面器の中に何かネバットするものがあったとか、水で洗ったけれどなんか臭うと気にしていた。

少し座って休んでいたら奥から出てきたおじさんがほんとに上品な日本語で話し掛けてきた。
彼は以前自分は山に行かないが外国人トレッカーにガイドを斡旋する仕事をしていたとか。

これからまた始めようかと考えているそうだ。このような人(会社)は大から小まで合わせてここカトマンズで700は下らないそうだ。

自分のメールアドレスを書いて盛んにPRしていた。

バサンの家で夕食もご馳走になる、夕方より雨になる。21時前、御礼を言ってに呼んでもらったタクシーで空港に向かう。

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バサンの家でのOkaさん。
(奇遇:彼とはここネパールで初めてお会いした。後日彼は私が所属する山岳会のある会員の上司であった)。

23:45発予定の飛行機は翌朝4:30分発になっていた。
ゼネストの関係で車が使えるかどうか分からないため超早めに出かける。

タクシー代も500ルピーと倍以上に跳ね上がっていた。もっとも料金もガイド(私のガイドではない)が払ってくれたようだ・・・。

タクシーの床が破れているようだ。水溜りに入るたびにはねが勢いよく床から吹き込んできた。ズボン靴下が濡れてしまった。

空港は厳しく警備されていた。尋問もかなり細かく聞かれた。空港の建屋に入った途端銃を構えたポリス?に尋問される。すると、どこからかともなくもう一人のポリスが現われ、かまへん、かまへんてな調子で我々を待機場所に案内してくれた。

そのポリス「フライトは7:30になったよ」と一言。
空港の待合室でビバーク体勢に入ろうとしたら、先ほどのポリスが来て「バスに乗りなさい。今日はホテル泊まりですぞ」。

言われるままにバスのところに行くともう十数人が乗り込んでいた。合計30人くらい乗ったところで日本人のおっさん風の人が仕切り始めた。

しばらく話を聞いていると現地のことをよく知っている方のようだ。彼はあるNGOのネパール事務所の方と後で分かった。
彼がRAに交渉してホテル泊りを交渉してくれたのだ。

それも5つ星のエベレストホテルである。地球の歩き方を見せてもらったらカトマンズで1泊25,000円也のホテルである。そこで夜食?(インド料理)もビールも頂いちゃった。

11月13日(水) 晴れ

起床4:30、出発5:00→空港5:30、9:30→関空22:00

昨夜風呂に入って寝たのが0時30分。4時半のモーニングコールで起こされ、ねぼけ眼で急いで支度して、バスに飛びのる。乗ってからヘッドランプを部屋に忘れたのに気がつく。

運転手に五分待ってもらい探しに行くも見つからず。諦めるより仕方が無い。あーぁ!おも入れのあるヘッドランプなのに。

空港について並んでいたら兵庫のTam井さんにばったりお会いする。10月20日からお一人で来ていたとか。

案の定出発が遅れ9時半となる。途中上海でも遅れ関空着いたのは22時であった。疲れました。
相変わらず咳が止まらない、が少しはましになってきている。

THE ENND
ネパールトレッキング

期間:2000.04.30~05.10                      Gramps

アンナプルナが見えるプーンヒルへのトレッキング

スキャナーで読み込んだ写真のため鮮明度がイマイチです。

4月30日:
13:00関空出発。日本時間22:30,現地時間19:30カトマンズへ到着。
事前にテレしておいた為迎えが来てくれていて大助かりであった。

空港をでたとたんにザックを「持つ、もつ」とひったくられそうになる。頑張って渡さずに車に乗り込む。
車の中にまで手を入れて「チップ、チップ」とおねだりがすごい。

一番細かいお金は10ルピーしかなく、泣き泣き渡してしまった。現地時間23:30就寝。
なんときょうは21時間の行動であった。(以後現地時間)

5月1日
朝食後、エイジェントに行ってガイドを頼む。$33/日。高いがまあいいか。14:30のフライトのため市内を散策。何と混濁した町なのか地埃、騒々しいクラクションの音々、そして人、ひと、ひと。

喧騒の中を空港へ。13:30着。
14:30発のポカラ行きに乗る。だが15分後に引き返す。ポカラが豪雨のため着陸不可。
カトマンズで待つこと2時間。結局17:00 欠航となる。

キャンセルの方法が分からず困っていたら、メコンエアーのプラカソさんという人が親切にもあっちへ走り、こっちへ走りしてくれて色々手続きをして下さった。

再びエイジェントに出向き明日の便の手続きを済ます。8:30フライト。
夜はインドまわりで来たという同宿の日本人の若者たちとネパール料理を食べに出る。R240/人。

5月2日:
6:00起床。8:30フライトが9:00になる。昨日はジェット機であったが、今朝はなんとプロペラ機。
どきっ!昨日あんなに乱気流に悩まされたので今日は大丈夫なのかな?
プロペラであろうとジェット機であろうと同じだと自分に言い聞かせる。

一番前の右に席を取る。ヒマラヤがよく見える席である。昨日はぜんぜん見えなかったヒマール(雪山)が今日はすばらしくよく見えた。
やはり景色を見るには午前中がいいようだ。

10:30ポカラ着。空港で帰国のリコンファームをしてから、がたがたのタクシーでナヤプルへ。
あの喧騒のカトマンズから静かな町ポカラに来てほっとする。ナヤプルへはタクシーで1時間、11:30着。

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右がGramps
ここからいよいよトレッキングの始まりである。川沿いに30分歩いてビレタンティの村に到着。
もう昼食である。ビスターリ、ビスターリ。食事に1時間も取り、13:30出発。

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殆ど水平に歩いて行く。牛が草を食み、馬が鈴を鳴らしながら一隊となって食料を運んで行く。
途中に小学校があった。彼らは素足か、ぞうりである。16:00ヒーレに到着。

今日はここまで。ビール、茶で乾杯。暑かったの一言。それでものんびりした一日であった。

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5月3日:
5:00起床。6:40食事。7:45出発。今日ものんびりとハイキングモード。

途中の村で会った子供たち(13~14才)3人と腕相撲。勝ったら18才という若者が挑戦してきた。
戦わずして負けた。

この村に来て初めてアンナプルナの南峰が顔を出してくれた。

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ここからはきついストーンステアーケース(石の階段)をゆっくり、ゆっくり登りつめて行く。
まったく長い。やっと終わったところがナンゲタンティ。(11:45)

ここで昼食とする。やっぱりここも注文してから1時間ほどしてからしか食事か出てこない。
14才という可愛い子とおしゃべりをして写真をとったりしてすごす。

1時間40分の昼食タイムである。いろんな人たちと交わす挨拶、楽しい会話。
この国にくる外国人はやはりネパーリーナイズされ自然にゆっくりになってしまうのかな?

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14:00ゴレパニデュラリーに到着。ビールで乾杯。
15:00頃から辺り一面がガスになり、明日いく予定のプーンヒルからのヒマラヤ眺望が心配になる。

オランダからきた女性が下痢と吐き気でダウン。

5月4日

4:00起床。4:30ザックを置いて出発。
やはり一面ガスっている。

プーンヒルへの道はすでに数珠繋ぎの状態。
丘の上に着いても何も見えない。

しかし日の出前になったら、ラッキーなことにガスが消え始め遠きヒマラヤのあの白い峰々が眼前に現れた。

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プーンヒルにて

モンブランに登った時とまったく同じ状況が再現された。
なんと幸運な奴じゃ。この俺は。

あの時もガスの中で頂上に着き、ついた瞬間にガスが切れ360度のパノラマを展開してくれた。

右からマチャプチャレ、ヒウンチュリ、アンアプルナ南峰、バラハシカール、アンアプルナⅠ峰、ニルギリ、ダウラギリⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ峰、チューレンヒマール、プタ・ヒウンチェリ。

素晴らしい眺望が楽しめたことに感謝して、ロッジに戻り朝食。

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アンナプルナ、ダウラギリ・・・

昨夜の彼女相変わらず調子悪くもう一日留まって様子をみるとのこと。
9:00?出発。一路ガンドルンへ。天気もわれわれに合わせてくれているのか視界がよい。

稜線からヒマラヤの峰々を眺めながらのハイキングといったところである。

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ラリーグラス(石楠花)の花は盛りを過ぎて多くは見られなかったが、
その森の中の歩行は気持ちの良いものであった。

日本の石楠花と違って大きい。幹も太く高さも5m~10mくらいあるかな。

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デウラリでお茶を飲み、今日もビスターリの旅である。
15:00今日の宿泊地ガンドルンに到着。

庭の円卓で例によってビールで乾杯。
チベッタン商人のしつこい物売りには参った。今日は結構疲れた。

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5月5日
今日はモディーコーラ(川)に沿って下るのみ。
等高線のように見える段々畑は日本に比べそのスケールの大きさが伺われる。

まったく雄大そのものだ。途中で会った子供たちに鉛筆をおねだりされた。

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余分に持っていないので困っていたらネパーリーに彼らはそのくらいは持っているとのこと。
与える必要はないといわれある種のショックを受けた。12:00?ビレタンティーに到着。

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すると突然スコール。間一髪濡れずにすんだ。このスコールも2時間ほどで止んだ。
今夕はポカラどまり。民族ダンスを見ながら夕食。

5月6日
今日1日ポカラでのんびり過ごす。
タクシーでヒンズーのお寺を見学。教徒がおおぜい参詣にきていた。

帰りは徒歩。ところが意外と距離があった。
暑さも加わりつかれた。夕方雷雨にる停電(17:30)。

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夕食はローソクの下でイタリア料理。
ホテルに帰ってもまだ停電は直らない。

いつ復旧するのか聞いてみると明日の11時頃になるとか。
まさにビスターリ(ゆっくり)である。何故か嬉しくなってしまった。

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5月7日
ポカラから2番機でカトマンズへ移動する。
エイジェントに出かけてこれからのガイドを断って、RA(ロイヤルネパール航空)の事務所へ帰国のリコンファームに出かける。

実は5月2日にポカラの飛行場から電話でリコンファームしていたので大丈夫と思っていたら、
ホテルのマネイジャーにそんなの何の役にも立たないことを教えられ、慌ててRA事務所に向かったのである。

まさに再確認(リコンファーム)だ。
係官にはんこを押してもらい一安心。押印してないといざという時に全くだめとか。

こんなことで今日は一日ふいになってしまったが、まあいいでしょう。
国が違うのだ、ビスターリ、ビスターリ。

昼飯はチベット料理、夕食はイタリア料理。
食事にあまり関心のない自分であるが、こうしていろいろ食べ歩いていると、つぎは何を食べようかと、気になってくるから不思議だ。

ナガルコット(2100m)

5月8日
午前中再び市内を徘徊して、午後のバスの便でナガルコットに向う。
丘の上の山小屋、というよりホテルである。

他国の人とまじわす会話、四周の景色といい、のんびりした夕べのひと時、日本には帰りたくないと言っていた人の気持ちがよく分かった。

明朝のエベレストの眺望はどうかな?期待しつつ夢の中へ。

5月9日:
4:30起床。ガスっていてエヴェレストの眺望はやはりだめでした。
諦めて9:30のバスに乗り込む。

まだ少年らしき子供がいきなり運転し始める。
バスはスムーズに動かない。

バスは崖っ淵のほうへスリップしだした。驚きと恐怖。
左前輪が少し崖からはみ出してやっと止まった。

落ちれば何百メートルもころげ落ちて行くところであった。
九死に一生の思い。みんな慌てて飛び降りる。

それでも少年は運転を再開。2~3人の乗客は降りられずにまだ乗っていた。
幸運にも正規の運転手が乗り込む停車場までなんとか運んだ。

その距離約200m、事故が起きなくて本当によかった。
正規の運転手がこの場所に現れるということは、何時もこのようなことをしているのだろうか?

全く恐ろしいことである。そういえば昨日の新聞にもバスが衝突。
牛1頭死亡。そのあとに人間5人死亡とあった。

夜はホテルの支配人推薦のネパール酒とネパール料理の食べられる店で食事をして機中の人となる。
帰国後1週間下痢で悩む。細菌性腸炎と診断された。

2009年ぽっぽスクールのお知らせ
ロッククライミングスクール(RCS)のパイオニア・大阪ぽっぽ会の29年目(2009年)のスクールは10月4日(日)と18日(日)の2回です。詳しくはぽっぽHP又は登山店のチラシをご覧ください。